ヤマシタトモコ『違国日記』トークイベントレポ
祝・完結
──雑誌に最終回が掲載されてからコミックスの最終巻が発売されるまで間が空きましたが、描き終えたときから心境は変わっていきましたか?
ヤマシタ それがですね、ちょうどその時期は絶賛『ゼルダ』(編注:『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』)中だったんですよね。発売を本当に楽しみにしていたんですが、最終回のネームができあがるまでは、5月に出ることは知っていたものの発売日を調べていなかったんです。それで、ネームができあがったら調べてもいいのではと自分に許しを与えて(笑)、判明した発売日の前日に原稿を終わらせました。そこから一か月ほどやりこみまして。もう本当に毎日『ゼルダ』のことしか考えていなかったので、最終回をどう受け止めてもらえるかとか、そういったことをかえって考えずに済んだというか。
そもそも感情の浮き沈みがあることがすごく嫌なもので、なるべく凪の状態でいようとしているところもあって、どの作品が終わってもあえて振り返ったりはせずに「いやー、お疲れお疲れ」くらいの気持ちでいようとしているところがあるんです。『違国』の場合は連載を終えたあとにちょっとお休みをいただいていますが、これまでは何かしらずっと連載を並行してやっていたもので、一つ作品を終えた感慨を特に感じる暇もなかったんですよね。『ゼルダ』を終えて特に忙しくしていなくてもそんな感じなので、そうしていたい性質なんだと思います。
──最終巻が発売されたことで、あらためて物語の終わりを受け止める読者の存在や反応が可視化されるというか、意識せざるを得ない部分もあるんじゃないのかなと思うのですが、そのあたりもあえて意識されず凪の状態を保とうという感じでした?
ヤマシタ そうですね。世に出てしまったものはもうどうしようもないですから、自分の手を離れたあとのことは取り立てて考えないようにするのが心身の健康のためにいい気がするんです。自分が描きたいと思えたものが描けたので、まあいいんじゃないですかね、くらいの気持ちでいました。
──『違国』という物語の終わり方をあの形にしようと決めたのはいつ頃なんですか?
ヤマシタ 槙生の劇中詩が浮かんだのが2年ぐらい前だと思います。それで、じゃあそこに向かって描いていこうという風に最終回を固めていきました。
──こういう終わり方をするためにこういう詩がいる、という順番ではなかったんですね。
ヤマシタ そうですね。そのとき考えなくてはいけなかったネームをどうしようかなと思いながら寝床に入っていたら、全然今必要ではないその詩が浮かんでしまって。「ああ、思いついちゃった」って感じで、急いでスマホにメモしました。そのときに、これは今は全然必要ないけれど、これを目指していける気がすると思ったんですよね。定まった気がするって。
──当初はそのとき思いついたものとは違う方向や場所を目指していたんですか?
ヤマシタ 最初に想定していた着地点とは少しズレていました。ただ、連載をしていくうちにそういった想定はズレるものだし、ズレた先というのはそこまで描いてきたものを踏まえると、得てしてそっちのほうがいいなと思えるものなので、あのとき思いついてよかったと思います。
──最初に想定した着地点のイメージをお聞きしても?
ヤマシタ もっとカラッとしたイメージでした。朝と槙生がもっと友達みたいな感じになるというか。それは現行の最終回にも活きている部分ではあるんですが、親密な家族というより、槙生にとって朝は“私の小さい友達”、朝にとって槙生は“私の大きい友達”みたいな関係になる。それがコミックスの4巻あたりぐらいまでで想定していた方向かな。それに比べると、わりと重めというかウェットなものになったと思います。でも、当初のイメージだとそのあと描いていったものにはちょっと軽いかなという感じがしていたのもあって、現行のものくらいがちょうどいいんじゃないかと思いました。
──舵を少し切ってからは、着地点やイメージに変化はなかったんですか?
ヤマシタ たぶん。最終回のネーム自体には悩みはしましたが、とりあえずどこに向かうかはずっと決まっていたことから変えたところはなかったです。詩をどういう形で出すかは決めていなかったんですが、そのあとの喫茶店のシーンでああやって終わるというところは最初から想定していたものでしたし、そう考えると多少変わったところはあれど、全体的には当初の想定から大きくズレたところはやっぱりなかったような気がします。
塔野と醍醐の存在
──最終回は大増ページでしたよね。
ヤマシタ そうなんですよ!いつもより倍のページで描かせてもらいました。しっかりネームを作るために、お休みもいただいたし、変に引きを作って途中でお話を切ったりすることなく贅沢にページを使わせてくださって。なので、64ページたっぷり描きました。
──最終回を通常より倍のページを費やして描けた一番のメリットは何でしたか?
ヤマシタ やっぱり贅沢に演出ができることじゃないですかね。私はもともと何でもなく見えるようなシーンの羅列で最終的に意味が浮かび上がってくるような演出がとても好きなのですが、それを結構コマを大きめに使って、ページに詰め込むことなく贅沢な間を使って演出することができたように思います。
──最終回は作中で流れている時間がそれなりに長いんですが、それも駆け足なように感じられず。
ヤマシタ ページが多いといっても、そこはちょっと悩みどころでした。連続するコマで時間の経過を見せるのもかなり好きなものでよくやるんですが、それを性急に感じさせてしまわないかなと懸念しつつも、それなりの時間の流れを入れられたのはよかったです。やっぱりページが多いことで意識せず制約から解放されていたのかもとは思います。そうじゃなかったら、塔野は出てこなかっただろうし。
──あんなにいい味を出していたのに?
ヤマシタ お前、急に出てきてなんか唐突に活躍してない!?って驚きがありました(笑)。ページが多いことがわかっていたからこそ、最終回に誰がいるべきとか誰を出す余裕はないとかそんなことをあまり前提として考えることなく発想できた気がします。最終回に塔野が登場するなんて、まったく想定していなかったですからね。
──最終回のネームの原型にはいなかったわけですね。
ヤマシタ いないです。そもそも、最終回ってネタ帳を見ても本当にメモが少なくて、醍醐と槙生の会話で使ったセリフと、どこにも使わなかったセリフを書き出してある以外は、『槙生と醍醐』としか書いていないんですよ。あとは何もメモ書きがなくて、ずーっと一人掛けのソファで斜めになりながら頭の中だけで考えて、何かの拍子にワーッて描き出して終わったという感じなんです。
──確かに、どこにも塔野が出てきませんね。
ヤマシタ どこにも塔野の文字はないんです(笑)。醍醐を出そうということだけは、これは大事なことだと自分でも思ってメモしていたものの、醍醐が登場するのは終盤ですしね。そこまでのシーンをどう考えて、どうネームにしたのか、本当に覚えてない。覚えているのは、自分がソファに斜めになっていたことくらいです。どうやってネームを作ったかは記憶にないんですよね。
──塔野が登場するところ、めちゃくちゃいいシーンなんですが。
ヤマシタ なんで出てきたんだろう(笑)。ただ、塔野だったり、醍醐もそうなんですが、読者にとっても登場人物にとっても少し物語の輪から外に外れた人というか、朝と槙生の関係性にガッツリ食い込んでいるというわけではない人が、物語にとっても重要なシーンを担ってくれたのは展開としてもよかったなと思います。
──メモしていた槙生と醍醐のシーンに関しては、描こうと考えていたシーンなだけに構えるようなところもあったんでしょうか。
ヤマシタ メモはしていたものの、あそこも本当に漠然としか考えていませんでした。とりあえず醍醐を出そうと。醍醐にいてもらうというのを必須で考えていた以外は特に考えていなかったので、だからこそ登場人物が自由にしゃべってくれたような気がします。
──槙生の昔からの気のおけない友人ということもあって、槙生が心の柔らかい部分をさらけ出す相手として醍醐は適任だったように思います。
ヤマシタ ネームを考える結構前、最終回をどうするかなって漠然とずっと考えていたときに、朝と槙生の二人だけの話では終わらせたくないし、でも二人がいる場面にいるのが笠町なのは絶対に違うと思って。なので、ちょっと輪から外にいるけど、かつ気安い人という意味で醍醐はすごく適任でした。醍醐と槙生は一緒にいるときに年相応の部分もあるけど、ずっと中学生のままのような部分も露呈するので、そういう存在を配置できたのはよかったです。醍醐が槙生に何かを言って嫌味にならないキャラというのも大きかった。
──槙生が醍醐の前で涙を流す場面では、槙生のほうが朝よりも稚い子供のように見えて。
ヤマシタ そうですね。槙生は作家ということもあって、そういう自分の中の子供の部分を捨てきれないまま苦しむ人なので、この先もっと朝が大人になったら逆転するところもあるんじゃないですかね。朝は槙生より社会に適合できる人間なんで。
──帰ってきた朝が槙生の言葉を聞いてクッションで殴りつけて、どんって倒れこむじゃないですか。あんな肉弾的な情愛のシーンあるんだって、ちょっと可笑しみがあって、でも愛情にあふれていて素敵なシーンだと思いました。
ヤマシタ あそこは思い浮かんだときに、めちゃくちゃ私が好きで、よく描くタイプの展開だとは思ったんですが、でも好きだから何回でもやりますよって(笑)。パッとキャラクターが動いてくれるとすごく楽しいです。あのシーンに関しては、地味な我ながら好きポイントとして、倒れこんだ朝のスカートの裾を醍醐が直すところがあるんです。
──「はっ」と気づいて、ぐいっとね、直してくれる。
ヤマシタ あの場に自分たちしかいなくても直してくれるという、ね。私が好きで描いたところにちゃんと目を留めてくださった方がいて、とてもうれしかったです。
全体の構成は最初から決めていた
──ラストシーンは、喫茶店でああいう風に終わるというのは前々からずっと考えていたというお話でしたが、コマ割りも具体的に考えられていたのですか?
ヤマシタ そうですね。私は漫画を構成する要素…コマだとか絵だとかセリフだとかを基本的にはわりと全部同時進行で考えるんで。海だけを描いた見開きのページを思いついたときに、そこにどうたどり着こうかなと考えながら描いたかな。ラストに至るくだりでの地味な好きポイントとしては、えみりの母親であるみちこと槙生の絡みを楽しく描きました。えみりと槙生の絡みも好きなんですけどね。
──喫茶店のシーンでは、成長した二人の顔が描かれていませんね。
ヤマシタ なんか想像してもらいたくて。髪を短く描いても長く描いても意味が生まれちゃうので、そこは私が方向付けしたくなかったんですよね。最終回前の打ち合わせで担当さんに、朝の進路を気にしている人もいるかと思うけど描きますか?と聞かれて、そのときも描かないで想像してもらうのがいいんじゃないですかねってお話ししたんですが、そんな感じで。
──描きはしないけれど、自分の中にはイメージがあるんですか?
ヤマシタ ないです。私は描かないことは考えないので、よく作中に出てこない設定を聞かれることがあるんですが、描いていないことは考えていないです。だって、考えちゃったら入れたくなるし、入れないならもったいないし(笑)。描くべきと自分が思ったことだけ描いていると思ってもらえると。
──最終話の最後の言葉が第1話の冒頭のモノローグに繋がる構成は最初から考えていたわけですよね?
ヤマシタ そうです。『違国』を始めるにあたっては、読者の方があまり不安にならないように読んでもらおうというのを一つの目標にしていたので、1話めは最初にちょっと平和というか、平穏な日常というものを描写しておいて、その未来にたどり着くまでの歩みを途中で見せていくという構成にしようというのも決めていました。全体の構成も、冒頭から巻き戻って、その先を描くことでそこへ戻ろう、と。そういう思惑もあって、1話は“不親切”なんですよね。
──モノローグがとても印象的で、幕が開いた物語への期待が高まりましたよ。
ヤマシタ あのモノローグは50話でももう一回登場するんですが、あっちは自然とそうなった感じで「おおおおー」みたいな驚きがありました。いつか1話をもう一回やろうとは思っていましたが、それがああもバチっとハマるとは想定していなかったです。連載開始したときに何も考えずにバコーンと打った球が、それから何年も経ったあとにビューンと飛んできて的に綺麗に当たったものだから、やるじゃん、自分!と(笑)。
──コミックス全11巻にわたる物語になると考えていましたか?
ヤマシタ 当初考えていたよりは少し長くなりました。高校3年間、卒業するまでは描こうと決めていたので、9巻くらいになるかなと思っていました。
──最後まで描き通してみて、思いのほか掘り下げたように思うところなどはあるのですか?
ヤマシタ わりと過不足なく描けたような気がしています。描き残したように思うところもないし、キャラクターも私が思っているより出てきましたしね。朝の同級生とか、高校生たちも描いていてとても楽しかったんですよね。朝の学校生活をもっと描くかどうかは悩みどころで、それは朝と槙生、どちらにどれぐらいフォーカスを当てるかという悩みでもあったんですけど。
──ご自身で好きな回や描いていて特に楽しかったエピソードなどはありますか?
ヤマシタ 『違国』は2回、通常より短めの話を描いているんですが、私は短いページ数のものを描くのが昔からすごく好きなもので、そのどちらもとても楽しかったです。特にえみりとしょうこが学校終わりにデートする47.5話は、演出も含めてすごく楽しく描きました。あの回は、大人になったえみりとしょうこの姿もちらっと出しているのですが、あの二人はきっとすごくおしゃれをするだろうなーとか、考えて描くのも楽しくて。群像劇が描けると余計に楽しいんだと思いますね。ただ、『違国』の場合はメインの二人の物語であるというところから逸れたくはなくて、そこを抑えているわりにサブキャラクターたちをいっぱい描いたほうだとは思います。
──確かに、朝と槙生以外のキャラクターのエピソードがそれなりに描かれてはいますが、この物語の主軸が朝と槙生であることは揺るがないですものね。
ヤマシタ といっても、メインの二人だけが関わり合うんじゃなくて、片方は知らないもう片方の人の世界が確立されている関係性が好きなので、“あなたの知らない私の友達”というものがお互いにあるっていうのは、いつも描いておきたいって思うんですよ。『違国』もそうやって描きましたね。
Q:なぜ『違国』なのですか?
──イベント恒例、たくさんお寄せいただいた質問の中からほんの少しだけなんですがお答えいただければと思います。まず、もうこれは毎回いただいていて答えも予測できるし聞くのもなー…と思うんですが、気になっている方がいる以上聞かないわけにはいかないのでお聞きします。
『槙生のモデルはヤマシタさんですか?』
ヤマシタ そういうことを聞く人を消していきましょう。一人ずつ喉をこう…。
──滅してはいけません。みなさん、槙生のモデルはヤマシタさんではありません!
ヤマシタ 自分のキャラを自分の子供みたいに思う方もいらっしゃいますが、私は全然そんなことはないです。キャラとはかなり距離があるというか、まったくキャラに感情移入しないので、可愛くないわけではないけれど悪いところも全部私が一番知っているわけですしね。私が考えた私が描いているキャラなので、私に似ているところはあるのかもしれないし、全然似てもいないだろうし、まあ創作物ってそういうものだと思います。なので、モデルなのかとか実体験なのかとか聞かれると、なんていうか…滅す。
──滅さなくていいんです。
ヤマシタ でも、滅す?
──滅さない(笑)。さあ、次の質問はタイトルについてです。
『一般的な“異国”ではなく“違国”としたのは何か意味がありますか?』
ヤマシタ 現実的なところでは、検索のしやすさからです。読者の方の反応や感想を編集者が検索しやすいほうがいいなと。あとは単純に、そのほうが字面が綺麗だと思ったから。これはもう私の個人的な感性なんですが。それと『ファイナルファンタジーXⅢ』に登場する聖府やシ骸みたいな読み方は一緒だけれど表記が違うというのがすごく好きで(笑)。そういうのもあって一文字だけ変えました。
──なるほど。では次、
『セリフを考えるうえで大切にしていたことはありますか?』
ヤマシタ なんだろう…。受け取り方は読む方の自由なんですが、自分なりにこうは思わせたくないと思う方向への誤解を避けるためにはいろいろ頭を悩ませました。言葉選びは試行錯誤でしたが、そういうことが気になる場面以外はもうノリで。
──作品についてお話を伺うたびに、キャラクターの語彙にない言葉はしゃべらせないようにしているとお話しされていますよね。
ヤマシタ そうですね。私は幼い人たちが「ウザい」とか「ムカつく」とか、少ない自分の語彙の中にある言葉に万感の思いを込めて口にしているものがすごく好きなんですよ。言葉そのものの足りなさや、自分で自分の感情や考えていることを自覚できないがゆえの言葉の足りなさが好きで、無理させず拙くしようと思っているところはあります。
──表現したいことにぴったりくる言葉がそのキャラクターが持っている語彙にない場合は?
ヤマシタ それは表情だったり仕草だったり、セリフ以外のところで説明してもらいます。キャラクターのボディランゲージやちょっとした動作が表現しうることも十分にあるんで。その動きによって、話が転がっていくことはよくあるんですよ。たとえば会話中にボトルの蓋をいじっていて、蓋が開いて音がした瞬間に心もハッて動くようなことだとか、そういうシーンを描くのもすごく好きだし、そういうシーンが思い浮かんだときに物語が頭の中でバーッと動き出してくれたり。セリフの言葉だけに頼ることのほうがあんまりないです。その言葉が出てくるまでのシーンやエピソードの積み重ねのほうが大事で、そういうものと演出とキャラの動きとかが複合的にうまくかみ合うと、ネームがするする進むという感じです。
Q:笠町は退職後、何をしていますか?
──では次、
『槙生と朝はあれだけ双方向に愛情にあふれているように見えるのに、ハグなど肉体的接触での愛情表現が少ないのはなぜですか?』
ヤマシタ 槙生がそういうのを嫌いだからじゃないですか。自然としない。朝はそれなりにするけど、これは私は何も考えずに描いていますが、朝がそうやってくっつく相手はたぶん限られると思います。甘えたい、甘えてもいいと朝が判断している基準があって、槙生相手には違うんでしょうね。槙生は友達同士でもあまりハグはしないと思う。まあ、ダイレクトなものだけが愛情表現ではないですしね。
──次は笠町についてです。
『笠町くんは銀行を退職して現在はどのような仕事をしているのですか?やはり会社でもモテモテですか?』
ヤマシタ 漠然としか考えていないですが、彼は服が好きなので服飾関係の仕事かなーと。モテモテかどうかは…どうだろう。カッコいいけどやばくない?みたいな感じかなと思います。私は笠町のことを一見すごく社会に迎合しているけれど根本ではいちばん変わっているというか特異な人だと思っているので。
──では次、
『槙生と笠町のような名前のつかない関係性を描ける理由や、そういった曖昧な関係性について思うことがあったら知りたいです』。
ヤマシタ 別に何もないし、思うこともないです。私は社会規範なことをあまり気にしないで生きているのもあって、関係性をラベリングしたりするのがよくわからなくて。ただ、よくアカデミー賞だとかそういった海外のアワードでのスピーチで、自分の家族やお世話になった人に感謝を述べるんですが、そのときに自分のパートナー、配偶者について「配偶者であり一番の親友である」という言い方をする人が結構いて、それがすごく素敵だなと思っていたんです。そういう関係性ってどんな感じなのかなって想像したりもして。槙生と笠町はそんな風な関係性として描きたいと思っていたように思います。
──関係性についてもうひとつ。
『朝に親以外の大人との人間関係があるのが息苦しくなくていいなと思ったのですが、ヤマシタ先生もそういうものが欲しかったと思って描かれたのですか?』
ヤマシタ 私、本当に子供の頃から人間関係が希薄というか、よくわかっていないところがあるんですが、自分と距離を置いてある意味雑に接してくれる大人がすごく好きだったんですよ。ある程度尊重して、未熟な生命体として扱ってくれる感じが心地よくて、そういう人たちとの関係性を描きたいというよりは、そういう人好きだったなーという思いで描いてしまっているところはあるかもしれません。
Q:好きなマックは何ですか?
──次、
『「違国日記」は思いがけず多くの読者に大切にしてもらえる物語になったと仰っていましたが、読者に大きな影響を与えることに対して喜びと不安どちらが勝りましたか?』
ヤマシタ 不安です。私は心配性というかマイナスな想像ばかりするほうで電車のホームの端とか絶対に歩けない性質なんですが、そんな風に日常でもわりとビクビクしながら生きているので、あまり反響については考えないようにしています。読んでほしい気持ちはもちろんあるんだけど、軽く読んでほしいというか…上手く言えない。読んでもらえたらうれしいんだけど、読んでもらうということは描く側からすると遠い場所の話で、考えても届かないというか、受け取り方なんてみなさんそれぞれだし、もう面白いと思ってくれたらそれだけで、あとは知らん!って気持ちでわーってなります(笑)。
──次はヤマシタさん自身への質問です。
『孤独や静寂に風景があるとしたら、どんなところを思い浮かべますか?』
ヤマシタ ないよー。考えたこともないです。
──作品の中では水の中や砂漠として描かれたりしていますよね。
ヤマシタ それはそのキャラクターに合うように考えただけで、私自身はそんなこと考えたこともないです。そもそも寂しいとか思わないんで。退屈はありますよ。それはあるけど、“寂しい”を感じたことはないかもしれない。
──では好きな風景や惹かれる情景はあります?
ヤマシタ それはいろいろあります。よく描いちゃうのはいろいろな人が話したり話してなかったりして、ちょっとざわざわしている空間ですね。人込みは嫌いなんだけど、そのざわざわしている感じが不意に入ってくるのが結構好きで。
──教室や喫茶店とか?
ヤマシタ そうです。でもそこにずっといたいかと言われたら全然いたくない。人間とかいう生命体がいっぱいいる場所は苦手です(笑)。ただ、風景として人間の営みが垣間見えるのが好きなんですよね。散歩を毎日しているんですが、住宅街でご飯の匂いがしたり、子供が遊んでいるのを目にしたりして、「人間とかいうのが生きてるなー」って。あまり自分が介在するものとして考えていないかもしれないです。でも可愛いなって思ったり、好きだなって思ったりはします。
──そんなヤマシタさんにうってつけの質問です。
『何犬になりたいですか?』
ヤマシタ 最高の質問!(笑) 大きい犬がいいです。大きい犬、好きだし。私は性格も大型犬っぽいというか、好きな人に会うとワーっ!てテンションあがっちゃうんで。なるなら絶対に大型犬がいいです!
──こんな質問も来ています。
『好きなマックを教えてください』。
ヤマシタ マック?マクドナルドですかね、マッキントッシュのほう?
──マクドナルドだったら?
ヤマシタ もうずっと何年も食べてないのでわからないです。ふにゃふにゃのバンズ美味しかったですね。マッキントッシュだったら、私はApple信者というわけではないですが、Apple製品ばかり使っています。顔が可愛いから好き(笑)。
──制作もマックでされているんですよね。
ヤマシタ 大きめのiPadでネームから下描きまでやって、アナログでペン入れしたらデスクトップのマックで仕上げ作業しています。漫画を読んだり語学の勉強用にはiPad miniを使ってますね。iMacも使っているし、MacBookも持ってます。Apple Watchもつけてますよ。
──同様に好きなものについてですね。
『最近の推しバンドやアーティストがあればぜひ教えてください』
ヤマシタ 最近はNewJeansをよく聞いています。韓国語の勉強をし始めてから見られるコンテンツがすごく増えたこともあって、それまではあまり知らなかったKPOPもよく見聞きするようになりました。そのほかは、これは以前からなんですが何かのタイミングで耳にして好きだなって思った曲はすぐにShazam(編注:音楽検索アプリ)で探して、全然知らないアーティストでも聞いています。ジャンル問わないけど、ポップスが多いかもですね。テイラー・スウィフトとか好きです。
──音楽の話と同じくらい、愛読書についても聞きたい方も多いです。
ヤマシタ 愛読書という定義がよくわからないんですが、繰り返し読むという意味ならないかな。面白そうだと思ったらすぐ買っちゃうんで、積読本が100冊以上あるんですよ。信頼できる本好きな友人が面白いと言うものはすぐ買っちゃう。今読んでいるのはチョン・セランが編纂した『絶縁』というテーマアンソロジー。すごく面白い。今年読んだものの中だと、ブリット・ベネットの『ひとりの双子』や、アンディ・ウィアーの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』がとても面白かったです。それとマーサ・ウェルズの『マーダーボット・ダイアリー』とか、ハン・ガンの『菜食主義者』とか。
──ご回答ありがとうございました。あらためて『違国日記』の連載おつかれさまでした。読者としては、とても素晴らしい物語をありがとうございましたとお伝えしたいです。
ヤマシタ ありがとうございます。でも気軽に読んでください。そして気軽に感想を送っていただけると、私が喜びます。よく「拙い言葉ですみません」とか書き添えてくださる方がいらっしゃるんですが、どんな言葉でも…というのは語弊があるな、いい言葉は全部聞かせてください。褒めてもらえたら大喜びです。根が犬なので(笑)。
──では、読者のみなさんへのメッセージをいただいて締めたいと思います。
ヤマシタ なかなかサイン会やオフラインでのトークイベントなど、みなさんと直接お会いできる状況には悲しいことになかなかなりませんが、こうやってオンラインでお話しさせていただくのはいい機会でした。短い時間でしたが、コメントやハートで反応をくださったりして、作品を面白く読んでいただき、今日のこの時間も楽しんでいただけたのかなと私もうれしく、ありがたく思っています。遠方の方や時間が合わない方もアーカイブでご覧いただけるということで、楽しんでいただけたらうれしいです。
──本日はありがとうございました。
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『違国日記』 実写映画化決定!!
2024年全国ロードショー
脚本・監督
瀬田なつき
キャスト
高代槙生 役/新垣結衣
田汲朝 役/早瀬憩
笠町信吾 役/瀬戸康史
お楽しみに!!
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『違国日記』11
「姉さん、わたしが姉さんの大切なあの子を大切に思ってもいい?」
槙生が朝と暮らして2年半。他人との関係に縛られずに根無し草のように過ごしてきた槙生にとって、気づけば朝はだいぶ近しい存在になっていた。朝の人生にどこまで立ち入っていいか悩み、朝を置いて死んだ姉に思いを馳せる。
保護者として、大人として、槙生は朝の未来に何を思うのか──。
わたしたちの“これから”はどんな海へ?
終幕の向こうへ漕ぎ出す最終巻!
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