『ジーンブライド』1巻発売記念!
高野ひと深×ヤマシタトモコ
スペシャル対談①「もうずっと怒っている」
《『FEEL YOUNG』2021年12月号掲載分を3回に分けて公開致します》(取材・文=山本文子)
高野ひと深 Hitomi Takano
2015年デビュー。美しく繊細な絵柄で名前のつかない関係性を描いた『私の少年』が瞬く間に話題になり「このマンガがすごい! 2017オトコ編」にて第2位、「俺マン2016」第1位、「第3回次にくるマンガ大賞」第3位など多数選出。著作に『私の少年』全9巻、『「す」のつく言葉で言ってくれ』、『つらなるステラ』。
ヤマシタトモコ Tomoko Yamashita
2005年デビュー。2010年「このマンガがすごい! 2011オンナ編」で『HER』が第1位に、『ドントクライ、ガール』が第2位に選出される。『さんかく窓の外側は夜』が実写映画化&TVアニメ化。小誌連載中の『違国日記』は「マンガ大賞2019」で第4位ランクインほか、「第7回ブクログ大賞」のマンガ部門大賞を受賞。
もうずっと怒っている(高野)
――ヤマシタさんが『ジーンブライド』の1話を読んだときの印象を教えてください。
ヤマシタトモコ(以下ヤマシタ) 高野さんの覚悟を感じました。「やる気じゃん!」って。「やる」は「殺す」と書くほうの「殺る」かも(笑)。めちゃめちゃ戦う気で始めていると思ったし、フェミニズムが表出したものを描くのは、決して簡単なことではないので、これを描こうと思ったこと自体、大きな集合体としての“私たち”に向けての力強いエールだと思いました。そのことにとても胸を打たれたのと、高野さんは私より一世代ほど下なんですが、若い人がこういう漫画を始めてくれたことが非常に嬉しかったです。
高野ひと深(以下高野) 1話が掲載された雑誌が発売されて2、3日経ったあとで、ヤマシタさんから「読んだ!!!!!!!愛してるぞ!!!!!!!!!」とメッセージが来て、それまでにもヤマシタさんに会ったときにワシャワシャと髪の毛をかきまぜられたり、可愛がられているという実感はあったのですが(笑)、はっきりと言葉で愛情を伝えられたのは初めてだったので、私のほうこそ舞い上がりそうなくらいうれしかったです。
――ヤマシタさんとしては、描き手の自分と読み手の自分、どちらにより響いた感じだったのでしょうか。
ヤマシタ どっちだろう……。とにかくまず最初に感じたのは、こんなに描くのが大変なことをやろうとしているという毅然とした覚悟と、それから私は高野さんの担当編集者さんの人となりも知っていましたので、高野さんに伴走しているその人の姿も見えて、そこも胸に来たというか。漫画として面白いので読者としてワクワクもしたし、読み応えもあったし、どちらの立場からも鬨の声の大きさを感じ取っていた気がしますが、より勇気づけられたのは、描き手としての私だったかもしれません。
――高野さんは連載を始めるにあたって、どのような思いがまずあったのですか?
高野 私、もうこの1、2年はずっと怒っていて……。それはこの社会の在り方だとか、その中で起こっていることだとかに対してだったんですが、たぶん発端は2018年くらいに担当さんから紹介してもらった本だったと思います。『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』というエッセイで、それを読んだことでそれまで自分が傷ついていたという事実にまず気がついたんです。その気づきが嬉しくてものすごく高揚したんですが、同時にそうと気づかず傷つけられていたことに憤りを感じるようになって。ただ、その感情をそのまま当時描いていたものにぶつけるわけにもいかないので、その怒りを熾火のように忘れずに保ち続けていた数年だったんです。それが特にこの1、2年は社会状況的に自分が属している性というものがとても蔑ろにされていることを実感させられることが多くて、なんでこんな思いをしなくてはいけないんだろうと、さらに怒りが募りました。それで、連載を始めるにあたって担当さんと打ち合わせをするなかで、絶対にフェミニズムをテーマにしようと決めたんです。
――では満を持してという感じで、1話には並々ならぬ思いがあったのでは?
高野 はい。でも、ずっと抱えていた思いをぶつけすぎて、生の怒りの感情が出すぎている気がして、1話が完成したあとで担当さんに「これは載せたくない」と泣きながら電話をしました(笑)。こんなにも作品と自分との距離を取れていない1話を描いてしまって、このまま描き続けられる自信がなくなってしまったんです。1話が雑誌に載ったあとも、この怒りがどう受け取られるのかが不安だったのですが、読んでくれた人たちからの声やそれこそヤマシタさんの「愛してるぞ」の一言でものすごく救われました。それで、やっぱり怒ろうって決めたんです。読んでくれた人たちからこの先も描き続ける、怒る勇気をもらいましたね。
――今作以前から、フェミニズムをテーマにしたものや、テーマとまではいかずともそれを色濃く感じさせるものを描きたいと思われていたのですか?
高野 いえ、本を読む前は思っていませんでした。それまでにも、もやもやした気持ちを抱くことはあったのですが、まだうまく言語化できていなかったんだと思います。
――もやもやというのは?
高野 たとえば、仕事先の人に仕事とまったく関係がないのに「今日はメイクが濃いね」とか容姿のことを言われたり、タクシーの運転手やコンビニなどで接客される際に私にだけタメ口をきかれたり、これは何でなんだろうなと思っていました。それをまわりの年上の男性に話したことがあるのですが、そのときは、私が地方出身者だからだと言われたんですよね。
――はい?
高野 地方出身者の人は東京で舐められまいとする気概が強すぎて、些細なことでも自分が舐められたと過敏に感じてしまうんだと。それで、このもやもやは舐められたと感じたことによるものなのかと一応の収まりをつけてはいたのですが、あの本に出会って「まったく違うじゃないか!」とわかったんです。ただ、そのときはすでに描くべきテーマを自分の中で掲げていた別の話を描いていましたので、すぐに自分の怒りを反映させたものを描けるとも思っていなくて、そもそも2本同時に違うテーマのものを描くことが私にはできなくて…。それができるくらい器用だったら、怒りももうちょっとオブラートに包めたんじゃないかなと思います(笑)。
漫画として面白いのがいい(ヤマシタ)
――これまでにもフェミニズム的な思惟を感じさせる作品はいくつもあったと思うのですが、ヤマシタさんは『ジーンブライド』のどんなところにこの作品ならではの強いエールを感じられたのでしょうか。
ヤマシタ 1話冒頭の「うんこたれがよ」という依知のセリフで、この話が何をやろうとしているか所信表明がされているので、まずそこで最高かよ!って思いました(笑)。
『ジーンブライド』① ©高野ひと深/祥伝社フィールコミックス
ヤマシタ この対談を前にまた1話から読み返していたんですが、依知と蒔人が喫茶店で話している場面で「あたしらはあんたらの事まで考えておかないと死ぬかもしれないっていうのに」という依知さんの言葉に前も泣いたし、また泣きました。切実だよねって。
『ジーンブライド』① ©高野ひと深/祥伝社フィールコミックス
高野 嬉しい…。
ヤマシタ 蒔人というASD傾向の男性というキャラクターがいるからこそ、男性が理解していくという話にもなっていて、そこが物語が外界に開かれている要素でもあるので、閉じた物語ではないところにもワクワクします。上司の女性との連帯やリプリゼンテーションもさりげなく示されていて。ストーリー展開的にも4話の終わりなんて、このあとどうなるのか気になって仕方がないし、漫画として面白いというのがまたいいですよね。
高野 やばい、めちゃくちゃ漫画描く元気出てきた…。
――高野さんは1話を描くときに特にどんなことを意識されていたのですか?
高野 私は嫌な目に遭ったことがありすぎて男性という存在に苦手意識があるのは自覚しているんですが…。どうしてそうなのかをあらためて考えたときに、対男性というところからグッとカメラを引いてみると、その構図を作っているのは社会で、じゃあその社会を作ったのは誰?誰が一番得する世の中になっているんだ?ってとこにフォーカスしてみようかなって思ったんです。怒りを持って描き始めた話ではあるんですが、目の前の男性を敵として糾弾したいわけではないということを含ませたかったというか…。なんて言ったらいいんだろう。すみません、今日すっかり『違国日記』の話をする気満々でいたもので上手くまとまらない…。
ヤマシタ 今日は『ジーンブライド』のコミックス発売記念の対談!(笑)
高野 やー、そうなんだよね(笑)。えーと…、私が怒っているのはこの男性社会に対してで、ひとりの男性に怒って、攻撃しているように恣意的に読まれて取り上げられるのは嫌だなと思っていました。だから選挙のシーンは絶対に入れたかった。これは社会の話なんだよ。男性社会なんてもう終わりにしようよ!これからの社会は私たちが選択して監視して盛り上げていこうよ!って伝えたかった。でも、劇中のキャラのセリフを借りると「やっぱ急にはがらっと変わんねえなあ」ってことなので、物語の中でもなかなか難しいのかーって。うーん。
――衝動を漫画に落とし込むうえで、ストーリー先行だったのか、こういう葛藤を抱えた女性がいて、というように登場人物先行だったのか、あえて言うならどちらでしょうか。
高野 断然、ストーリー先行でした。私はキャラクターを作るのが得意じゃなくて、正直、自分が作る作品の主人公は同じ性格でいいんじゃないかと思ってしまうほど、物語の方ばっかり見つめてるところがありまして(笑)。フェミニズムをストーリーに入れ込みながら、面白く読んでもらう物語を作るにはどうしたらいいんだろうというのをまず考えました。そのとき読んでいた物語や映画から、フェミニズムがSFと相性がいいように感じていたのもあって、それまでSF要素があるものを描いたことはなかったんですが、ちょっとやってみようかなと。それで、序盤は日常の話を重ねて、いきなり非日常に突き落とされたと感じるような構成にしようと考えました。
――あ、もうコミックスとしての構成をその時点で考えられていたのですね。
高野 いえ、それが1話なんです(笑)。コミックス1巻分でやっていることを最初は1話めでやろうとしていたんですよ。1話めの最後でSF展開を感じさせるオチにしようと思っていたのですが、どうしても上手くネームができなくて。8、9回くらいネームをやり直しました。それでもできなくて、そこでコミックス1巻分の構成として考え直したところ、日常部分をもう少し膨らませて描けるなと思ったので、諫早依知という人の日常を覗いてみたら、これがもうとんでもないヘルで…。依知という女性の日常をただ描くつもりが彼女の視点から見える世界のヘルぶりに私も驚いてしまって、描いていてつらくなるほどでした。ストーリーしか主体として考えていなくて、あらかたの骨子ができてからキャラクターに潜ってみたらそんな感じで、体にも不調が表れちゃうし。
ヤマシタ がんばったね…。
高野 うん(笑)。
その②「依知や蒔人に高野さんを感じる」に続きます。次回2021/11/10(水)更新予定!
⋱ ⋱ 本 日 発 売 !! 一 緒 に 戦 お う 。⋰ ⋰
ヤマシタさんによる熱い推薦コメント、必読です!!!
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