━━漫画家にならなかったら何になっていた?「のたれ死にか、小説」「旅人的な…」|ヤマシタトモコ×えすとえむ対談 「物語」への欲望を語り合う③

(※この記事は2019年12月に公開されたものです。)
株式会社シュークリーム(マンガ編集プロダクション) 2022.11.29
誰でも

対談公開第3弾!2015年に発売された『ヤマシタトモコのおはなし本』(祥伝社)の電子配信解禁を記念して、ヤマシタトモコ先生×えすとえむ先生のスペシャル対談(初出:『onBLUE』vol.2(2011年4月25日))を一挙大公開中!

同い年でかつ作家としてもほぼ同期、「執筆の場が一番かぶってる」というおふたりがたっぷり語り合ってくださいました。

***

■ ネーム交換してみたら…?

ヤマシタトモコ(以下ヤマシタ) こないだ、とある作家さんがほかの人とネーム交換して作画し合うというのをやっていたんですが、すっごく面白そうって思いました。人のネームをどう読み解くのか。別物になるんだろうな。

えすとえむ(以下えむ) 別物になるんでしょうね。

―おやりになってみたらどうですか。

えむ 実際、ヤマシタさんのネームを前に自分が描くぞってなったら、セリフの量が「いつもと違う」と感じるポイントかも。

ヤマシタ 私は「えむさんはネームで描いてきたけど、この構図描けない…。どうする!?」みたいなことになりそう。

えむ&ヤマシタ (爆笑)。

えむ ネーム、いつもはどんなふうにやってます?ラフネームとかやりますか?

ヤマシタ ダイレクトにやってます。1ページから順々に描いていきます。

えむ すごいな。順繰りでバランスが取れるんだ。

ヤマシタ 頭の中である程度の構成を決めてからじゃないとダメなんです。それを思い出しながら描いてる感じ。

えむ 恐ろしいですね、この人の構成力。私はプロットを脚本で立てて、ラフネーム描いて確定ネームを作ります。だからすごく時間かかる。たまに、脚本なしのときもあるけど、そのときはネームの前に小さなコマ割を描きます。

ヤマシタ 人それぞれネームの描き方違うから「えー! そんなふうにやってるんだ」っていう驚きがありますね。私は最後にならないと何が起こるかわからないし。

えむ すごいマジック。でも、その勢い感を大事にしたい作家さんっていますよね。多いですよね。

ヤマシタ でも、何も思い浮かばないときの恐怖と絶望は半端ないですよね。「死ねる」と思い始めますよ。

えむ 「私はこのまま、一生何も思い付かないままなのかな」っていう感じね。

ヤマシタ あるある。

えむ 空白の3日間とかが生まれてしまう。

ヤマシタ そう。「何もしてない」っていう感じ。働いていないわけではないんですが。

えむ 机に24時間向かっているのに!

ヤマシタ 何も進まない。ここの線を1本引いただけだみたいな。コマにもなっていない線。

えむ 〝線1本〟て、響きはすごく文学的だけどね…。これをどうしようというのか。

ヤマシタ 恐ろしい。でもネームが上がると有頂天になる。

えむ でも、その前段階の担当さんからの電話はビクッとするなあ。

ヤマシタ うんうん、ネーム通ったときだけが楽しい。「面白かったでしょ」と有頂天。

えむ ネーム通ったら、一瞬遊びに行こうかなって気分になるもん。

ヤマシタ 今日は上がりでいいかなって気分になるなる。

えむ 酒飲んじゃおうかなって。あはは…。

えむ ま、だいたい進行日程的に、すぐさま次の作業なんですけどね…。でもあのネームが出てこない感覚は、どの業界でもあることなんだと思う。仕事でパッと出てこない苦しい感覚。

ヤマシタ 企業の企画・開発の人とかね。私たちの場合、個人としての締め切りが明確にあって「何日までにしないと作画間に合わない」という焦りも付いてくるけど。

えむ 「手、早いですね」って言われるけど、早くしないと作画が収まらない。

ヤマシタ 私は、作画が思ったより長引いているときの理由ときたら「何かモチベーションが上がらない」とか、得体の知れないものだったりするのが困る。あと、単純に思ったより描く人数が多い回とか。

えむ それはすごくある。全身描く人が三人いる場合と、顔だけ描く場合とでは違う。

ヤマシタ 「何でこのコマ、こんなに終わらないんだろ?」と我に返ると、人がいっぱいいるコマだったりする。

えむ 作業時間をちゃんと分配できている人はすごい。

ヤマシタ ペン入れのスピードを測った人はいるんですよ。ペン入れにかかった時間を記録しておいて、原稿用紙何十枚分にいる人物の数を数えて、〝一人何分かかる〟を出しちゃった。

えむ うわー!

ヤマシタ マジかと思った。びっくりした。

えむ あー、でも陸上選手が自分のラップタイム出すように。

ヤマシタ ラップタイム出してみようか。

えむ ちょっと遅れてんな、ペース上げてけみたいな。駅伝の先生みたいに、遅れてんぞって拡声器で言ってほしい。

―ラップタイム、出たら教えてください。

えむ 先頭走っているとしたら、後ろから来ているのは他の締め切りってことですよね。「後ろ来てるからねー」って言ってほしい。

ヤマシタ 1P描き終えるたびに〝カチ〟みたいな。

えむ あ、でもけっこう乾き待ちのときに、複数枚回してるときもあるし。テンションがのらないときは、何十枚分も1キャラ限定のペン入れを延々としちゃったりするから、数えにくいですよ。本当に、あれやると永遠に終わらない気分になるけど。

ヤマシタ この顔描きたくないんだよねとか。

―どういう顔が一番ノリますか。

ヤマシタ 私は虐げられている顔。「うわ〜」ってなっているときの顔。かーっとなっていたり、青くなっている顔。ぼろぼろに泣いている顔とかも。もー働きたくない気分のときに、そこのペン入れをしてます。「見て、この人こんなにかわいそう」って、自分を盛り上げる。

えむ とりあえず、私は日本人の顔を描くのは、けっこうテンションが難しい。思いっ切り彫りの深い顔にできないから、鼻のラインにぐいっとペンを入れられない。慎重になる。あとは、おじいちゃんを描いているときが一番楽しい。

ヤマシタ おじさん飛ばして、おじいちゃん?

えむ おじさんだとまだ張りがあるので、おじいちゃんだけの漫画が描ければいいのにと思う。しわくちゃのおじいさんが。この『作品集 このたびは』の中にある、おじいちゃんのアップが気に入ってます。

ヤマシタ ええ、そうなんだ、ここなんだ。「燃してしまってねぇべなや!?」って。確かにここ、かわいい。あと最後に、皆がバタバタする展開も素敵。

―では、えむさんは外国人のときは、けっこうスムーズですか?

えむ そうですね。外国人とおじいちゃんだと特に。とはいえ、どの絵も描いていて楽しいですよ。でも、やっぱり同じ顔を描き続けると飽きますよね。

ヤマシタ またお前来たのか、お前よく出るなって。

えむ 主人公だよって。

ヤマシタ はは。お前のことはよく知っているぞって。

えむ ヤマシタさんの作品を見ると、すごく表情も素敵なんだけど、話に比重が重く置かれている気がする。テンポや脚本的部分に。

ヤマシタ 絵を描くのが好きじゃないんです。

えむ えっ、そうなの?

ヤマシタ ネームが好きなのかな。

えむ すごい、ネームが半端ないなって。絵が下手とかじゃないですよ。

ヤマシタ いやー、朝起きたら、絵うまくなっていないかなって思うんだけど、なっていないんだな、これが。

えむ なってたらいいのに。むしろ朝起きたら、原稿終わってたらいいのに。

ヤマシタ 右手が(『地獄先生ぬ~べ~』(集英社)の)〝鬼の手〟になっていて原稿が終わっていて「これは俺がやったのか、怖い、自分が怖い。手に覚えのないインクの跡が」(芝居調)。

えむ 「ペンだこが発達している…」(芝居調)。

ヤマシタ 「言うことを聞かないッ!!」(芝居調)ってうまい絵が描けちゃったらどれだけ良いことか。枠線もはみ出さずにシャーシャーって。

えむ あー欲しい。その〝鬼の手〟。

ヤマシタ 「こんなうまい絵が描きたいんじゃないんだッ!!」と言ってみたい。

えむ 「違う、こんなの俺の絵じゃない」って(笑)。

えむ&ヤマシタ 言ってみたいわ~~。

■ 就職できない

―漫画家にならなかったら何になっていたと思いますか?

えむ 何だろう。旅人的な?(笑)いや、冗談ですけど。

ヤマシタ 「えむさんの答え=旅人?」って思っていたら本当に答えた(笑)。

えむ あとは、靴職人ですかね。一時期いろいろな学校の資料取り寄せをして、本気でやりたいなって思ってました。いただいたお仕事ですでにいっぱいいっぱいだったから、無理なんですけどね…。両方、そんな片手間にできることでもないし。でも、何かしら物作りする人間になっていたいです。職人さんに憧れます。でも、不器用だったらどうしようもないですけど。

ヤマシタ 頑張る!

えむ まあ、頑張れば。

ヤマシタ 私は、まあそうですね。のたれ死にか、小説を書いてみたりしていたかも。就職できないですから、絶対。

えむ 〝ちゃんと就職〟っていうのはお互い、ないですね。

ヤマシタ そう考えると、小説とか書いていたんじゃないかと。

えむ 今だって書いてみたら良いじゃない。

ヤマシタ 「ムンとした尻が」って…?そうですね、ムンとした男のにおいとかを絵にしてもらわないと。

えむ きつい。

ヤマシタ カレンダーに「ムン挿絵の締め切り」って書いていただくことに(笑)。

―お二人とも漫画家になっていないと、地に足が着いていない感じですね。

えむ そうですね、着けれない。面接でイイ印象を与えることができなさそうなので…。

ヤマシタ 面接に間違った服装で行ってしまいそう。

えむ 履歴書も、人のは手伝ったことはあるけど、自分のは書けないと思う。

ヤマシタ 人の方が書きやすいのかもしれない。

―毎年コミックス発売、と欄にお書きになったら良いですよ。

ヤマシタ それ何の履歴ですか~。

えむ 漫画家の履歴書(笑)。

(取材・文/「on BLUE」編集部)

④へ続く

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