「愛の形もいろいろございますから」━━キャラクターと作者の関係性━━2021年・ヤマシタトモコに『違国日記』のことを聞いてみよう④
なんと今回は、槙生の初期のキャラクターデザインまで…!? キャラクターと作者についてヤマシタ先生自ら、たっぷり語っていただきました!
ヤマシタトモコ Tomoko Yamashita. 2005年デビュー。2010年、「このマンガがすごい! 2011」オンナ編で『HER』が第1位に、『ドントクライ、ガール』が第2位に選出される。『さんかく窓の外側は夜』が実写映画化&TVアニメ化。小誌連載中の『違国日記』は「マンガ大賞2019」第4位&「マンガ大賞2020」第10位ランクインほか、「第7回ブクログ大賞」のマンガ部門大賞を受賞。第24回文化庁メディア芸術祭(2021年)のマンガ部門「審査委員会推薦作品」に選出され、各メディアで話題沸騰中。
ザ・自転車操業
――8巻まで『違国日記』を描いてきて、キャラが描きやすくなっていたりするのでしょうか。
ヤマシタ どうでしょうね。キャラのことが見えてきてはいると思いますが、ネームにかかる時間は変わらないので、描きやすさには直結していない気がします。まだ見えていないキャラもいっぱいいますしね。それより描き慣れることによってキャラの顔がおかしなことにならないよう、作画の面を注意しています。
――キャラの設定などに変更はありませんか?
ヤマシタ ないですね。8巻で描いた笠町の過去の話とかも、わりと最初の頃から描こうと思っていた彼の一部ですし。ただ、どうやって描くかまで決めているわけではないので、長く連載として描き続けてきたことで自然とキャラが肉付けされた分、描き方は当初漠然とイメージしていたものから変わったかもしれません。
――キャラとの距離感についてはいかがですか?
ヤマシタ 変わりはないですね。勝手に動いてくれるところもあるし、こちらが制御しているところもあるし、という感じです。こんなところ誰が気にするんだという細かなところはわりとこちらがコントロールしなくてはいけないと思っているのですが、勝手に動いてくれる瞬間はこちらもとても楽しいので、それはそれでよいよと。自分が描くキャラクターについて特段愛情を注いでいるというほうではないんですよ。好きではありますが、我が子のように思っているわけではありませんし。
――以前のトークイベントでも、笠町と塔野のどちらがタイプか聞かれて一刀両断されていましたね。
ヤマシタ 愚問、と(笑)。だって、どっちも好きじゃないよー! 私が考えたキャラだもん。自分の支配下にある人間なんか好きにならないですよ。担当さんは笠町をたいへん好いてくださっているんですけどね。
担当 常々お伝えしております。なので槙生と笠町が最接近するpage.20ではとても大喜びしました。
ヤマシタ ネームを送ったあとに電話をいただきまして、ネームのことだなと思いながら、電話に出たら「お世話になっております」的な口上も何もなしに「ありがとうございましたー!!!!」って叫びから始まったので爆笑しました。
担当 まず喜びを伝えねばと思いまして。個人的には笠町が好きですが、担当編集として彼の出番を多くしてほしいとかそういった要望は一切出していないことを、念のためこの場で申し上げておきますね。
ヤマシタ キャラ全員を特段愛していないので、誰かだけをピックすることはないですから、そういう影響も受けません。
――愛していないは「嫌い」ではないですからね。
ヤマシタ 愛の形もいろいろございますから。私なりの愛はありますが、説明はしません。
――読者の方からの質問をお寄せいただくと、槙生をわりと作者の分身のように捉えていたり、槙生の言動をヤマシタさんが考えていることと重ね合わせて考えている方が多いのですが、それもちょっと違う感じなわけですよね。
ヤマシタ 重ねないでほしいので、そういったご質問をいただくたびに潰していきます(笑)。
――作者とキャラは別ものであると。
ヤマシタ キャラを作者と重ねるのであれば、槙生に限らず、朝も笠町もみんなそうです。私が経験したことのないことを経験しているキャラも、私がなったことのない年齢のキャラも、すべて私から出たものですからね。
(コメント欄に書かれた「なぜこのキャラが自分から生まれたのか疑問に思うキャラはいますか」という質問を見て)
ヤマシタ いませんね。私はキャラクターの描き分けが下手なので、なるべく性格や見た目を変えようと思って考えてやっているので、ひょんなことからできたキャラクターというのはいないです。入学式や教室内の場面だとかで朝の同級生たちを登場させるときも、いろいろなバランスを取りつつ一人一人考えて描いています。
――ストーリーとキャラがセットで生まれてきたりもします?
ヤマシタ そんなこともないかな。こういう顔の人を描いてみたいという気持ち優先でキャラの造形ができることもありますし。これは前にも話したことがあるんですが、槙生の外見は、『エージェント・オブ・シールド』というドラマシリーズに登場するエージェント・メイという女性キャラからイメージしています。
ヤマシタ 三白眼の女性がとてもセクシーだと思って、三白眼で笑わない女性を描きたいと思って。最初のイメージだと、槙生はもうちょっとがっしりした体つきのキャラでした。朝はその辺で見かけたことのある中学生がすごく可愛げがなくて可愛いなと思って、そういう子がいいなと(笑)。 二人とも、容貌が特別優れているわけでもない、普通の人たちとして描きたいと思いました。同じ頃、テレビドラマの『MR.ROBOT』をちゃんと見ていたわけではなかったのですが、出演しているラミ・マレックの顔がいいと思ってよく落描きしていたので、どこかで何かボタンを掛け違っていたら、ラミ・マレックの顔によく似たキャラが『違国日記』に登場していた可能性は大いにあります(笑)。なんとなく描きたいと思っているテーマと描きたい顔が上手に絡めば、そこに登場するキャラクターになることもあるという感じです。
担当 キャラデザインとしていただいた画像をお見せしますね。
――槙生の名前の漢字表記がラフの段階では槙『緒』となっていましたね。
ヤマシタ え、変わってます? あ、本当だ。......へー。
――へー...?(笑)
ヤマシタ へーです(笑)。今気づいた。槙生と実里の名前には関連性を持たせていて、槙生が木の幹の部分で、実里は実という意味を持たせて親がつけた感じにしたくて考えました。 キャラの名前に関連を持たせることはほかでもやっていたりするのですが、意外と気がつかれないのか私の耳に入ることはなくて、私だけが知っていることになってしまっているのもあるんですよね。 おそらく槙生の字を変えたのは、物語に関係するような深い意味があったとかではなくて、ちょっと湿った場所にある倒木から新芽が生えているようなイメージに近くなるように変えただけだと思います。朝は何も考えずに名前を付けたのですが、あとからいい感じのエピソードが勝手に湧きました。実里はなぜ子供に朝という名前をつけたのかなと考えて、こういう由来がいいんじゃないかと考えついたので描きました。そう、これが自転車操業です。
――カッコいい(笑)。
ヤマシタ (笑)。槙生も朝も、当初はもっと仏頂面のままでいるようなキャラのつもりで考えていたんだと思います。あまり決め打ちでキャラを描いていない分、大きなズレもないんですけどね。朝の名前の由来みたいに、後付けでいい感じのエピソードを思いついて、結果的に辻褄があって「やったね!」と思うことはよくあります。
――キャララフでは醍醐の顔にバツがつけられていますね。
ヤマシタ 幸薄そうだから。もっと肝の太い感じにしたくて、今の醍醐になりました。
――キャラデザイン段階のラフなのでそういう変更もあるわけですね。
ヤマシタ 笠町のところに「かつていじめられていた」というメモがありますが、これは彼の見た目から受ける印象とは違う、他人が想像しえない経験をしている人だということを描きたくてそういう設定にしようかと思ったのですが、やめました。なので今後、これからそういうエピソードが出てくるわけではないです。
担当 登場はしていませんが、キャラデザインのラフに描かれている「美形で特徴のない美容師」というメモが大好きなんですよ。
ヤマシタ イケメンも出しては、という提案を担当さんからもらって、顔が綺麗なキャラ...と考えてはみたというものですね。パッケージがよすぎて中身がないと思われてしまう人のことを描きたいと思ったけれど、『違国日記』という物語にはそぐわないような気がしてやめたんでしょうね。結局彼は出てきていないのですが、顔のよさについてのエピソードは、朝の同級生に対象人物を変えて出てきていると思います。
――page.32では笠町と塔野の食事シーンを軸に、男性たちの様々な断片的なエピソードが描かれます。ああいった話はもともといつか『違国日記』の中で描こうと考えていたものなのですか?
ヤマシタ 笠町周りのエピソードはいつか描こうと思っていたものです。それをいつ、どう出すかまでは決めていませんでした。この回はめずらしくプロットを細かく作りました。
――笠町絡みに限らず、ほかにもいつか描くと決めているエピソードはあるのですか?
ヤマシタ いろいろネタ出しをする中で、その回用に書き出したけれど使わなかったエピソードというのが結構あって、上手くネームに落とし込めるタイミングが来たら描けたのもあるし、保留にしたままのものもあります。 不良在庫みたいに寝かせたままで放っておいているので、書いたことを忘れているネタも結構あって。 心象風景としては、浮かんだネタが書かれた付箋が壁一面に魚の鱗みたいにびろびろと貼りつけられているんです。ネタ帳を読み返して、こういうことを描こうと思っていたのかと思い出してみないことには使いどころがわからなかったりしますね。描こうと思っているネタというのは、どう描くかまで決めていないけれど、できるだけ覚えていよと心がけているネタのことという感じです。描きたいことが自分の中で理路整然とまとまっているわけではなくて。心象風景としては、浮かんだネタが書かれた付箋が壁一面に魚の鱗みたいにびろびろと貼りつけられているんです。新しく浮かんできたものを空いたスペースを見つけて貼っていきながら、次に描く回に適したものをすでに貼られた付箋の中から上手く見つけ出してピックアップできたらラッキーという感じです。
――ああ、なるほど。創作の時間が運に左右されるというのはそういうことですか。
ヤマシタ そうそう。壁を見ながら、これとこれが繋がって...えーっと...ってやっている感じ。適した付箋を運よく見つけられて繋げるのがスムーズに進めば早くできあがるわけです。
――たとえば、えみりの同性相手との恋のエピソードは、えみりのものとして付箋で貼られていたものなのですか?
それとも、人物は特定せずに一人の女の子の話として付箋には書かれているのでしょうか。
ヤマシタ そこに関しては、最初からえみりというキャラクターにはそういう側面を持たせようかなと考えていたので、確定ではありませんでしたがえみりについての付箋でした。なので、えみりが初めて槙生の家に行ってお茶を選ぶ場面も伏線として描きましたね。読んでいる人が伏線とまでは思わなくても、のちのちもしかしたらあの場面...と考えてくれたらある種のエモなところになるんじゃないかなと思っています。
――我ながらいいタイミングで壁から付箋を見つけ出したぞと自負できるエピソードがあったら教えてください。
ヤマシタ えみりが一人でメインになっている回が自分では気に入っています。Page.29かな。
ヤマシタ 特に何が起きるわけではないんですが、えみりが授業中にカチカチとシャーペンの芯を出しているところだとか、午後の教室に光が差している感じだとか、そういう場面を描くのがすごく好きで、エモを感じつつ楽しく描いたのですが、この回がのちのちの朝とえみりのエピソードに勝手に繋がっていったりして、結果的にも上手くいった回だと思います。
――たとえば午後の教室に光が差しているところだとかにエモを感じるのは、何か理由に心当たりはありますか??
ヤマシタ どうでしょう。無性に好きな風景って、人それぞれにあると思うんですよね。大概は理由がよくわからないと思うのですが、私が無性に好きな風景のひとつに、午後3時くらいに台所に置かれたボウルの中でアサリが砂を吐いているところがあるのですが、そういう場面に心が揺さぶられるという話を母にしたことがあるんです。 そのときに母から「それは誰かが誰かのためにアサリを用意していて、そこに愛が存在するからだ」と言われて、もう「お母様…!」って(笑)。
――それは金言。
ヤマシタ そういう風に誰かの感情が介していない場面でも、わけもなく心を動かされる場面というのはあると思うんですよね。光が差し込んでカーテンが風で揺れている教室だとか、学校をサボって電車に揺られながら郷愁のような思いを抱えている場面だとか...。
コメントに「先生、昨日まで女子校生でした?」って書かれているけれど、そんなことはない(笑)。もう40歳です。女子高生の知り合いもいない。
――女子校生である朝やえみりたちの心情を描くのに気をつけていることはありますか?
ヤマシタ 特には。時代が変わっても、人間がエモを感じることってそんなに大きく変わらないだろうと思っているところはあるかもしれません。流行ってもすぐに廃れるようなトレンド的な事柄は入れないようにしようとは思っています。即時性は意識していないです。
――朝たち子供組と槙生たち大人組では、描きやすさに差はありますか?
ヤマシタ それも...ないかな。登場人物たちの雑談を描くのが好きなのですが、とりとめのないような会話をしつつ、話題がどんどん移っていって、その中で物事の核心に一瞬掠ったりする感じがすごく好きで。そこにキャラの年齢は関係ない気がします。
雑談場面に限らずモノローグなどでもそうなのですが、そのキャラの語彙になさそうな言葉は使わないと決めているので、朝たちを描くときは語彙を少なめにすることは意識しています。子供の少ない語彙や雑談の猥雑な言葉の中で精一杯のものが表現されようとしている様子が私にとってはたまらなくエモなんですよ。なんてことのない短いセンテンスの中に万感の思いがこめられていることがあると思うので、余計に。 ムカつく、ウザいといった短い言葉の中にある思いを掘りたくなっちゃうんですよね。出歯亀なので、以前は街中で若い子のちょっとした会話を耳にするのとか好きでした(笑)。
トークレポートは毎週木曜日16時に全5回にて公開予定。制作の裏側をたっぷりと、次回からもヤマシタ先生の語る「違国日記」の濃密なトークをお届けいたします!次回は最終回である第5弾の更新は1月20日です。どうぞお楽しみに!!
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