『ジーンブライド』1巻発売記念!
高野ひと深×ヤマシタトモコ
スペシャル対談③「物事を解決させないと決めている」

高野ひと深さんの最新作『ジーンブライド』の船出に、「一緒に戦おう。」という力強い言葉を推薦文として寄せてくださったヤマシタトモコさん。友人同士であり、作品内でフェミニズムを描く作家同士のお二人に、本作についてじっくり語っていただきました! 全3回中の第3回をお送りいたします。
株式会社シュークリーム(マンガ編集プロダクション) 2021.11.12
誰でも
《『FEEL YOUNG』2021年12月号掲載分を3回に分けて公開致します》(取材・文=山本文子)
《『FEEL YOUNG』2021年12月号掲載分を3回に分けて公開致します》(取材・文=山本文子)

物事を解決させないと決めている(高野)

――この物語を描く衝動の一つとして高野さんの中には確固たる怒りがあって、その怒りは今も持続されていると思うのですが、怒りを解くための方法を探しつつ描いているところはあるのですか?

高野 探してはない気がします。まずあるのは怒りなんですよね。あとなんかものすごくアンビバレントというか、「私は人間を愛したいんだー! でも許せないんだー! でも愛してるんだー!」というごちゃまぜな気持ちがあって。1巻にまとまるくらいの分量を描いて、SF的な展開にもたどりついたとき、ふっと作品と距離が取れた気がしたんです。「まだ怒ってる。まだ大丈夫」って思ったんですよ。「まだ怒ってるから、まだ愛してる」って。SF要素が入ってきたことで、私の身の回りのこと過ぎた日常パートと離れる形になったのは、自分の怒りとも上手く距離を取っていけるきっかけになったのかもしれません。

ヤマシタ 何年か前に一緒に食事をした際に、高野さんが嫌な目に遭ったときの話をしていて、顔に刺青を入れたいなって言っていたんですよ。『ジーンブライド』を読んでそれを思い出しました。

高野 覚えてます。そうしたらセクハラとか嫌な思いすることも減るかなと思って、ヤマシタさんとか周りの人にデザイン考えてもらってね。絵も描いてくれて、すぐ保存したよ!(笑)

ヤマシタさん画の刺青案。
ヤマシタさん画の刺青案。

ヤマシタ 狂・殺・死って文字を入れるかとか話していましたね。でも、こっちが刺青を入れなきゃいけない謂れはないから。

高野 そうなんですよ。そのときもそう言われて、「そうだよね!」って。私はすぐにいろいろなことにクヨクヨしてしまって、自分にも悪いところがあったのかなとか、何か言えばよかったのかなとかグラグラするのですが、そういうときにヤマシタさんとか周りの友達が「は?」って言ってくれるから心強くて。すぐに「そうか、違うわ!」って思い直せます(笑)。私の漫画も自分が悪くないのにグラグラしてしまっている誰かが「そうか、違うわ」って思い直すきっかけになるといいなあ。

――『ジーンブライド』という作品だからこそ、高野さんが描くときに特に意識したり、気をつけているところはありますか?

高野 物事を解決させないということを重要視しています。エンタメ的には、敵をやっつけて目的が成就したり、問題が解決したり、悩みが解消したりすることに快感がある受け手の方が多いと思うのですが、いくら物語の中でそうであっても、今まさにつらかったり苦しかったりしている人の現実は何も変わらないじゃないですか。もちろん、そういうエンタメの快感に救われる人もいると思います。いると思うんだけど、少なくともこの作品では性被害を扱うので、ストレートに問題が解決したり、何かが解消されることは描きたくないなと思って。たとえば、自分に加害してきた相手を完全論破してぎゃふんと言わせたあとに、清々しい顔でその場を後にする主人公…のような描写です。そのときは胸のすくような思いを読んだ人は得られるかもしれないけれど、現実からそういう嫌なことが消えるわけではないじゃないですか。物語の中だけでもいいって思う人もいるかもしれませんが、私は嫌なんです。現実で解決していないことを物語で解決してしまうのが嫌でたまらない。だから、『ジーンブライド』では、解決させないって決めました。性被害は、本人が日常に戻れるまでに回復したとしてもその傷は一生消えないものだから、全てまるっと解決したように描く事は絶対にしたくないんです。読者の方にとっては、なんだかスッキリしないなあ…という場面もあるかもしれないけれど、そこは私も譲れないので、ごめんなさいという気持ちで描いています。

©高野ひと深/祥伝社フィールコミックス
©高野ひと深/祥伝社フィールコミックス

――解決させないというのは、依知さんが自分の中で何かしら答えを出すことはないということでもありますか?

高野 いえ、依知さんが自分なりの答えを出すことはあるかもしれません。でも依知さんを取り巻く状況が嘘のように改善されるとか、依知さんを嫌な目に遭わせた人がぎゃふんと言うようなことはないです。そういう意味での「解決させない」ですね。ただ、依知さんが考える、そのときの依知さんにとっていちばんいい場所にたどりつけるようには描けたらいいなと思っています。

――ヤマシタさんは自分の主義主張やずっと考えてきたこと、信念のようなものとエンタメとしての物語とをすり合わせる際、どんなことを特に意識されているのですか?

ヤマシタ その塩梅はいつもものすごく悩みます。ある程度読み手の方の溜飲が下がる展開がないと、物語としての起伏がないので読み手の興味を留めておけないんですね。でも、人間関係だったり、解決のしようがないことを描く際に、読み手側の快楽だけに重きを置いて描くわけにはいかないとは思っています。たとえば性暴力や家族からの暴力だとか理不尽なことに対して、エンタメの中で安易に感じられてしまうような許しが描かれていると、個人的な感情としては私は「許すなよ」といきり立っちゃうんですね。許さなくていいと思っているから。物語としても、許さない側の人のことを描きたいんです。高野さんが嫌な目に遭っていることを自分のせいのように思っている人たちに「違うよ」って言ってあげたいと思っているように、私も理不尽な出来事を許せない自分と葛藤している人に「許さなくていいし許さないのは悪いことじゃないよ」って言ってあげたい。

©ヤマシタトモコ/祥伝社フィールコミックス
©ヤマシタトモコ/祥伝社フィールコミックス

ヤマシタ 高野さんが言っていることは、物語という虚構を描くうえで現実に対してどう責任を取るかという姿勢のありようについてだとも思うんですが、安易に思えるような解決を提示するのはやっぱり気が進まないですね。物語と現実のバランスをどう取るかは……面倒くせえなと思いながら必死で考えるしかない……(笑)。

高野 それしかないね……(笑)。

描くことは「思い出す」「忘れない」という表明(高野)

――『ジーンブライド』1話めはネームで相当苦労されたとお話しされていましたが、それ以降は順調でしたか?

高野 いえ、当初考えていた1話めはもっとクローズドでSF色が強かったのですが、そこから切り替えて、まずは日常の話を広げることになったものの、それが想定外だったこともあってやっぱり苦労しました。当初なんとなく頭にあったネタが全部SF寄りでしばらく使えなさそうなものばかりだったんですよ。

ヤマシタ ゴリゴリのSFっぽくするつもりだった?

高野 うん、めちゃめちゃ。1話めから『フィール・ヤング』ですごく浮くことになっていたと思う(笑)。結局はそれをやめて1からやり直すのに近かったのですごく大変だったんだけど、解決させたくないという強い意志があったから、物語のベースはどちらかというとコメディっぽくしようと思っていたんですよ。思い切った選択をするキャラクターたちが思い切り場をかき回す、動きがすごくある話にしていこうと思って。その中に私を含め、さまざまな女性たちが経験してきたどうしても目が逸らせない現実を入れていくことを決めました。

©高野ひと深/祥伝社フィールコミックス
©高野ひと深/祥伝社フィールコミックス

高野 虚構に近ければ近いほど物語を考えやすいんですが、そこに一匙程度でも現実を入れるとなると急激に作品と自分の距離が近づいてしまって、そこで手が止まることが多かったです。描くというのは、思い出すことであり、忘れないという表明なんですよね。ほんの少しの現実が入っている部分が確実に自分を抉ってくるんですよ。現実といっても私自身が経験したことより、これまでに友人たちから聞いた話のほうが多いんですが、それでも性加害に対する怒りとか悲しみとかが止まらなくて、なかなか進まなかったというのはあると思います。 ヤマシタさんは作品との距離の置き方はどうしてるの?

ヤマシタ 私は作品と自分の距離はかなり遠いほうだから。自分の経験だったり当事者性を持って描くときもあるけれど、もちろん脚色するしキャラクターの話として描いた時点で私ではなくキャラが経験した話になるし、もともと自分のキャラクターに多少の愛はあっても愛着はないので、他人事として捉えているんだと思う。自分の個人的な体験としては、思い出すと怒りや悲しみで涙が出たり、人には到底言えない話だったりしても、物語にできそうだからと組み入れた時点で私の話ではなくなって、距離ができるんですよ。

――描くことでその体験をより消化したり、距離を置くために物語に転化しているところはあります?

ヤマシタ どうだろう。それはないんじゃないかな。物語は物語だし、現実は現実なんで。私が物語を描くときの一番の原動力は「ぶっ殺すぞ」という感情だったりすることが多いのですが、そのマインドのまま物語に没入はできないのがいいのかもしれない(笑)。

高野 なるほど…!(笑)

――高野さんは『ジーンブライド』を投げたいゾーンに投げられているという実感はあるのですか?

高野 そうですね。寄り添いたい人が対象になっている雑誌に連載させてもらっているので、やみくもに投げている感じはないです。あとは、男性にも手に取っていただけたらうれしいですね。

ヤマシタ ぜひ読んでほしいですね。

――『ジーンブライド』は物語の着地点まで見えているのですか?

高野 はい。今のところばっちり決めてはいるんですが、担当さんは「変わるんじゃないですか?」と取り合ってくれていないです。5、6巻くらいでまとまるといいなと思いつつ、これも担当さんに「延びるんじゃないですか?」と言われています。

ヤマシタ 先の予定が変わらない漫画家なんています?

高野 ヒュー! かっこいい(笑)。

一同 (笑)

――最後に、まずはヤマシタさんから高野さんと『ジーンブライド』に一言お願いします。

ヤマシタ 読者として今後の展開がとても楽しみなんですが、同時に、これから増すであろうSFみと1巻で描いてきたようなこととのバランシングも楽しみで仕方ないです。高野さんがどんな風に物語を描いていくのか、これからも連載を心待ちにしていますし、一人でも多くの方がこの作品を知ってくれたら私も嬉しいです。

高野 ありがとうございます! 愛してる!! 

――では、高野さんには読者へメッセージをお願いします。

高野 私が描いている『ジーンブライド』を読んで、ネガティブな感情がフラッシュバックする方もいらっしゃるんじゃないかと、それが心配なところではあります。私も怒っていることだとか傷ついたことを忘れたほうが、日々の健康だとかこれからに向けての活力に絶対に繋がっていくと思っているんですが、「忘れてやらねえ」とも思っています。忘れて何もなかったことにすることで、楽をして得をしている人たちがいて、それが嫌なんです。でも、今現在何かしらの思いを抱えている方は早く忘れたいと思っているかもしれないし、そういう方は忘れていいと思っています。ただ活力が戻ってきたときにでも、自分の中にかつてあったしこりのようなものを思い出してくれたら、また繋がっていけるんじゃないかなと、『ジーンブライド』がかすがいのようになれたらいいなと思っています。それは私のわがままでもあるので…えーと…このわがままをお受け取りください! 

ヤマシタ 着地点、そこ?(笑)

高野 ここ!(笑) 以上です。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

――ありがとうございました。

全3回の連載、お楽しみいただけましたでしょうか? 『ジーンブライド』、『違国日記』ともに最新刊からの続きが発売中のFEEL YOUNG12月号で読めます! 両作品とも絶賛連載中!! 今後もお楽しみに!

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