「ネーム・体力・あとは爆破に向けて突き進み」━━2021年・ヤマシタトモコに『違国日記』のことを聞いてみよう③
ヤマシタ先生のこだわりは物語のなかに爆発を作ること…!?
ネーム作り&物語作りについて、たっぷりとお送りします!
ヤマシタトモコ Tomoko Yamashita 2005年デビュー。2010年、「このマンガがすごい! 2011」オンナ編で『HER』が第1位に、『ドントクライ、ガール』が第2位に選出される。『さんかく窓の外側は夜』が実写映画化&TVアニメ化。小誌連載中の『違国日記』は「マンガ大賞2019」第4位&「マンガ大賞2020」第10位ランクインほか、「第7回ブクログ大賞」のマンガ部門大賞を受賞。第24回文化庁メディア芸術祭(2021年)のマンガ部門「審査委員会推薦作品」に選出され、各メディアで話題沸騰中。
ネームを終えた瞬間だけ一息つける
――ネームに取りかかるときは、その時点でだいたいの話の流れが見えているのですか?
ヤマシタ そんなことはないですね。着地点はわからないままネームを作っていることが多いです。描いてみないとわからない。描いてみて「こういう話になったのか、へー」って思うことはよくあります(笑)。8巻の最後に収録されているpage.40なんかも、あんなラストシーンにたどりつくとは思ってもいませんでした。
――槙生、朝、笠町の三人が一緒にベンチに座って、槙生が遠吠えをするシーンですね。
担当 あれは実体験が入っていると伺いましたよ。
ヤマシタ あー。以前に、仕事場のベランダに出たときにものすごく大きなくしゃみをしたら、どこかの犬に遠いところから吠えられたことがあるんですよ。驚いたんですけど、犬から反応があったら嬉しいじゃないですか(笑)。そのときのことがああいう形で活きました。
――想定外のラストシーンだったということですが、この回の核というか創作の出発点はどこに置いていたのですか?
ヤマシタ この回は『エコー』というものをキーワードに考えていきました。プロットには遠吠えのシーンについては何も書いてないんですよ。
――遠吠えのエピソードは突発的というか、自動書記のような感じで生まれたのでしょうか。
ヤマシタ それに近いです。ラストって、ストーリーとは関係なく、私の気持ち的にもうすぐ終わりが見えてテンションが上がっているんですよ。それもあって緻密に計算してというよりは、「あれをああして爆薬を積んだら上手くいくかも...? 「火、持ってこーい!」って思考にも勢いがあったりして(笑)。
――爆破の準備に拍車がかかるわけですね(笑)。
ヤマシタ 何も考えていないわけではないのですが、盛り上がるほうへ、着火しやすいほうへと無意識に舵を切っているところはあると思います。『違国日記』は毎回32ページなんですが、ネーム作業でその半分、16ページまでなんとかたどりつけたらあとは山を下っていけるような気持ちになれるというか、そこまでは息を止めながら必死に上を目指す感じで。半分を越したら、あとはもう「なんとかなぁれ☆」の呪文を唱えるだけです(笑)。
――16ページまで、というのはそこをひとつのブロックとして見ているから?
ヤマシタ ブロックでいえば、4か8ページを一つの塊として考えています。冒頭の4ページを考えるのがいちばん大変なんですよ。最初の4ページから次の8ページのブロックまで到着すると、なんとかなるかもしれないという希望が見えてきて、16ページを超えたあたりからエンジンが温まってきて、20ページが見えてきたらあとは爆破に向けて突き進み、最後の4ページは口に銀スプレー吹き付けて火炎放射器の準備も万端と(笑)。
――無事ネームを終えたら、一息つける感じですか?
ヤマシタ ネームを終えた瞬間だけですね。提出したあと担当さんから返事が来るまでの間は「どうせダメなんだ...つまらないんだ...」とダークな気分になるんですが、担当さん が誠心誠意、よかったところを褒めてくださるんですよ。それでものすごく嬉しいんだけど、「あ、はい...」とか素っ気ない返事して、でもテンションが上がっているというね (笑)。
担当 ネームをもらうたびに毎回毎回、飽きずに感動してしまうんですよね。
担当 コメントで「シンプルな線」という言葉もありますが、キャラについてはほとんど描き込まれていないにもかかわらず、ぞっとするほどキャラの表情がわかるんですよ。 眉の下がり具合とか、本当にシンプルな線ひとつで、感情の機微が九割方の人に伝わるであろう描き方がされていて、実はこんなにシンプルなように見えてめちゃくちゃ内容の濃いネームだなと思っています。なんでこんな風に描けるの?と毎回疑問に思って、ご本人に尋ねては「さあ」と返されているんですが。
ヤマシタ (笑)
――『FEEL YOUNG』誌上で行われた高野ひと深さんとの対談などでも、ネームのときに考えていたキャラの心情を忘れてしまわないように、ネームのあとはすぐに作画に取りかかるとお話しされていましたね。
ヤマシタ この表情は何を考えている顔だったのかを忘れちゃうんですよ。私は話の中で出来事を考えるのが本当に下手くそで、そこをキャラの感情を描くことでなんとかやり過ごしているところがあるので、忘れないうちに早く描いてしまいたくて。
――ネームから作画作業に移るにあたって、モノローグやセリフの言葉などをあらためて練り直したりするのですか?
ヤマシタ いえ、まったくしないです。ネームから何も変えずに、より綺麗な爆破になるよう、すみやかに作画していきます。なぜなら作画が面倒くさいから(笑)。
――アシスタントさんの手を借りているのですか?
ヤマシタ 指示を出したり連絡をしたりが本当に不得手で、今は完全に一人で作業しています。絵を描くこと自体は楽しいは楽しいんですけど、体力的にもつらいので、作画という工程は早く終えたい気持ちでいっぱいです。
ネームのスピードは体力に由来
――作画の時点で言葉の選び直しがないというのは、ネームの時点で言葉を確定させているということですよね。
ヤマシタ そうですね。ネームのときでも何度も言葉を修正したりというのはあまりないほうだと思います。
――セリフを音読してみたりするのですか?
ヤマシタ 自分の作品でなぜそんな恥ずかしいことを?
――ちょっとした質問じゃないですか...。
ヤマシタ (笑)
――ネームでセリフを書くときに頭の中で音読します?
ヤマシタ 言葉は頭の中で音になっているものだと思うんだけど、違うのかな。
――音読していない人もいるかと思います。
ヤマシタ そうなんですね。私は自分にとって気持ちのいいリズムになるよう、頭の中で整えているとは思います。
――そういうときに言葉選びで詰まることがない?
ヤマシタ ありますよ。言いたいことを表すのに適した言葉が見つからなくて、類語辞典を引くことはしょっちゅうあります。こういう音の言葉がほしいとか、変な探し方をすることもあります。
――そういうことも含めて「ネームに時間がかかる」わけですね。
ヤマシタ ネームを進めていて途中で詰まるときは、最初の段階で何かが間違っていることが多いんですね。セリフだったりコマだったり、総合的なリズムが生理的に合っていなかったりして。それで見返してみると、ここに1ページ入れば「合っている」とわかったりする。これはもう私の個人的な感覚の話なんですが、そのときに感じる「合っている」が間違っていないこともわかるんです。全体を通してその「合っている」という状態になるよう、最適解に近いセリフやキャラの心情を考えながら進めていった結果が完成したネームで、もうこれでいいでしょうと決めたものなので、もういいんです。
――ついあれこれセリフをいじくり回したくなったりしません?
ヤマシタ 私、諦めがいいほうなので。何が大事って締切に間に合うことだと思っているので、どこかの段階で「はい!」って切ります。ウダウダ考えていても仕方ないので、終わり終わりって区切りをつけちゃいますね。どうせ人はいつか死ぬんです(笑)。
――(笑)
ヤマシタ 手元に原稿を置いて悩み続けるより、早く手離してちゃんと寝るほうが大事だと思っているんですよね。健康大事。
――創作にかかる時間は作品によって差があるものですか??『違国日記』だから特に時間がかかるとか...。
ヤマシタ そんなことはないです。そのときの運によって違いがある感じですね。運がよければ早い。最近は以前よりネームに時間がかかるようになってしまったのですが、これはコロナの影響で引きこもっているせいで、誰にも会っていないし、どこにも出かけていないので、自分の気持ち的に停滞しているからだと思いますね。
――ネームと作画、それぞれの作業時間はだいたいどれくらいを見積もっているのですか?
ヤマシタ 最近はネームは2週間ほどかかってしまっているのですが、もともとはネームに1週間、作画に5日見ています。それで終わるのがいちばんベストですね。
――ネームは1週間かけて少しずつ進めている感じ?
ヤマシタ 最初の3日間...2週間かかる今だったらもっと長い間ですが、それくらいの間は「さて、どうしましょう...」と途方に暮れています(笑)。そこから15、16ページにたどりつくまでの時間に目算が立たなくてそこがつらい時期なんですが、そこを乗り越えてしまえば、だいたい3日で終わります。
――あ、そこはわかっているんですね。
ヤマシタ はい。最初の4ページのブロックを描き始めるのに3、4日かかるときもあったりして、ここも読めないんですが、そこから16ページまで行ってしまえばあとは必ず3日で終わります。何を爆発させるかを決めるのが大変なんでしょうね、きっと。若かった頃は1日で32ページのネームができたりもしていたんですが、若かったから体力があったんだなとしみじみ思います。
――ネームのスピードは体力に由来するのですか?
ヤマシタ そうだと思いますよ。元気で体力があるのに越したことはないんじゃないかな。それと、読切が多かったというのも大きいかなと思います。連載になると、先ほども ちょっとお話ししましたが、それまでとの整合性だったり未消化部分の引き継ぎを考えたりしなくてはならない分、ちょっと時間がかかるようにはなっているでしょうね。
――連載と短編読切だったらどちらが好みなんですか?
ヤマシタ 私がずっと好きなのは8ページものです。楽しいんですよね。
――短くて難しくないですか?
ヤマシタ 導火線のことも考えずに、「はい!」と出してドーンっと爆破させればいいのである意味楽です(笑)。
――その「はい!」でキャラの設定や周囲の人物との関係性だとかをわかってもらう必要があるだけにたいへんそうですが。
ヤマシタ だから工夫のし甲斐が合って楽しい。
――なるほど。
ヤマシタ 冒頭で爆発させて、それをスローモーションで見せるのもアリだなとか。長めのページ数のもののように、どこで盛り上がりを持ってきて、そのために事前にこういうエピソードを持ってきて...とか考えなくていいので、短いものは考えるのも描くのも楽しいです。
トークレポートは毎週木曜日16時に全5回にて公開予定。制作の裏側をたっぷりと、次回からもヤマシタ先生の語る「違国日記」の濃密なトークをお届けいたします!次回は最終回である第4弾の更新は1月13日です。どうぞお楽しみに!!
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