「時間がポンポンとジャンプしながら錯綜する構成」『違国日記』の制作秘話━━2021年・ヤマシタトモコに『違国日記』のことを聞いてみよう②
今回は話題騒然となったpage.27についての制作秘話が…!?
普段は聞けない『違国日記ができるまで』を盛り沢山でお送りします!
ヤマシタトモコ Tomoko Yamashita 2005年デビュー。2010年、「このマンガがすごい! 2011」オンナ編で『HER』が第1位に、『ドントクライ、ガール』が第2位に選出される。『さんかく窓の外側は夜』が実写映画化&TVアニメ化。小誌連載中の『違国日記』は「マンガ大賞2019」第4位&「マンガ大賞2020」第10位ランクインほか、「第7回ブクログ大賞」のマンガ部門大賞を受賞。第24回文化庁メディア芸術祭(2021年)のマンガ部門「審査委員会推薦作品」に選出され、各メディアで話題沸騰中。
――『違国日記』はこれまでとネームの作り方に違いがあったりするのですか?
ヤマシタ そういうことは特にないですね。ただ、完璧にすることは何においても無理だけれど、できる限り語弊がないように、私が描きたいことと実際に描いたものとの齟齬が最小値になるように気をつけてはいます。
――そこに重きを置くと、セリフやモノローグなどで使う言葉の吟味に時間がかかったりしませんか?
ヤマシタ それよりはなんてことのないセリフの語尾がしっくりこなくて、ずっと悩んだりしますね。このシーンは絶対に齟齬が生まれないようにしたいと神経を使う場面も確かにあるのですが、作品的にいちばん感情が盛り上がるところは、雰囲気でそこまで持っていって、ドーンっと爆破するような気持ちでやっています。
大ゴマでぶち抜いているところにキラキラしたトーン貼ったり、ポエム芸人の本領発揮なモノローグを差し込んだりしているところは、気持ち的にはトウモロコシ畑に火をつけてドーンっと爆破させている感じ。
――読者を感動させたり感慨に耽らせたりしている場面も、描いている気持ち的には爆破でドーンっと(笑)。
ヤマシタ そうそう(笑)。
Q:ネタ帳(初)の効能
――もうしばらくしたらコミックスも二桁巻数が見えてくるほど連載を重ねてきて、この作品の描き方に何か変化はありますか?
ヤマシタ どうだろうなあ...。以前よりネームに時間がかかるようになってはいるんですが、それがこの作品特有のものなのか、はたまた私の加齢のせいなのか、ここ数年のコロナ禍のせいなのかがわからなくて。
――『違国日記』だから手こずることが多いとか、すらすら描けているというような実感があるわけではない?
ヤマシタ そうですね。この作品だからというよりは、回によるなという感じです。時間がかかったときも、なんでこの回でこんなに時間がかかったんだろうと思うことが多くて、サクサク進んでも進まなくてもよくわからない。
――ちなみに、大変だった印象が強いのはどの話ですか?
ヤマシタ たいがい大変なんですよね...。
――う...うん(笑)。
ヤマシタ そう、大変なの(笑)。大きな盛り上がりがある回は、その感情の爆発に向けて描くのでわりと楽なんですけどね。
――それは物語の起伏がつけやすいから?
ヤマシタ そうです。ドーンっという爆発のために事前にいっぱい火薬をしこんでおけばいいので、やるべきこともわかっているし。そういうところじゃなくて、たとえば主題をあえてどこか未消化のままにしてその主題を別の回に持ってくるということをわりとやっているので、今回はすべて消化させるのか、また少し未消化で次へ回すのかの匙加減とか、前回はどのあたりまで消化させたかという確認だとかをするとやっぱり時間がかかりますね。
ネタ帳に書くだけ書いて使っていないネタもあって、このタイミングで描くべきなのか精査したりするんですが、私が小さな字で書き込んでいるもので、それを読むのに時間がかかったり。自分が書いたものなんですけどね。それが大変で大変。
――なるほど、確かにたいがい大変そうですね。
ヤマシタ 『違国日記』は全体のネームの構造もごちゃごちゃしているというか、バラバラのものを線で繋いでいるところがあって、それを頭の中でやっていくのに体力が消費されている気がします。次の回で何を描こうかと考えているときがいちばん大変かもしれない。
――シンプルな一本道のストーリーではないだけに、そのあたりはご苦労が多そうです。
ヤマシタ 登場人物も多いし、誰かと誰かのエピソードが思いもかけない繋がりが生まれたりするところも描きたいですし、そうすると何かのエピソードに対して誰が登場するのが適任なのかを考えていかないといけないので、それも大変で。
――確かに連載序盤に比べて登場人物は増えましたよね。朝の学校の子たちもちょこちょこ登場するようになって。
ヤマシタ 朝の学校の同級生たちは、ただ“いる”のを描きたかったんですよね。何かのエピソードのためにいるんじゃなくて、ただそこにいる。時々は物語の中で役割を担うこともあるし、担わずただいるだけのときもあるのがいいなと思っています。
――それと、これは読者さんからの質問でもいただいているのですが、page.27のように時間がポンポンとジャンプしながら錯綜する構成も考えるのが大変ではないですか?
ヤマシタ 過去のことが意図せず未来の出来事に働きかけて変化をもたらすという構成が好きなんですよ。
これまでにもほかの作品でやったことがあるのですが、page.27は読者さんからも好評をいただけて、それはようやく自分がこう描きたいと思ったように描けたからなんじゃないかなと思います。これまでのチャレンジではうまく実を結べなかったところも含めて成功したのかなと。
――それをpage.27のタイミングでやろうと思ったのには何かきっかけが?
ヤマシタ なんでだろう。page.27のネタ出しのメモを見ても字が汚いということしかわからない(笑)。
――そのネタ出しというのは、描きたいと思った場面などをランダムに書き出しているのですか?
ヤマシタ そうです。ネタ帳には最初に、たとえば『#27』とその回を明記して、まずはそこで茫然とします(笑)。空白の時間を経て、何を描こうか考えるために以前の回から消化しきれていなかったり、続いていることだったりだとか、ちょっと浮かんだことなどを書き出すんです。 page.27のメモには「来客1 それぞれの日が入れ替わり立ち代わり構成」と書いてあるので、最初からああいう形で描くつもりだったんだと思います。
ヤマシタ page.27では槙生のスランプを描きたかったのですが、そこで誰が槙生に影響を与えてスランプ状況から脱することができるかを考えたときに、誰か一人では担えないし、重要な役割を担わせたくないと思ったんですよね。それで、登場人物を複数人出すにあたって、この人と会っているときはこういう部分が表出する、別の人といるときは違う部分が見えるというのを描こうと。それに伴って、このときの槙生はまだダウナー気味で、このときは浮上しかかっているとか、槙生の変化も描きたいなと思いました。槙生が朝やえみり、笠町やジュノに似たようなことを話していても内容が驚くほど違っていたりしても、それは槙生が嘘をついているわけではないということだとか。手書きのメモを頼りに考えながらネームを切っていたら脳みそが熱くなってきて(笑)、文字に起こして整頓してみたりもしました。
ヤマシタ 縦軸が話している相手、横軸では同じ内容がリンクしているときがわかるようにしています。こういう風にあれこれやって...できました(笑)。
――手書きのものを整理し直して紙に打ち出してみるというのは、ネームに詰まったときの定番のやり方なのですか?
ヤマシタ いや、そのときによっていろいろです。付箋に描きたい場面を書き出して、どの順番で描くかを入れ替えて考えやすいようにすることもあります。描くべき場面が浮かんでも、その順番が決まっていないことのほうが多いので、描きたい場面がランダムに結構あるときは付箋を活用するんです。あとは、ネームを小さなサイズで描いて、全体を俯瞰できるようにしてみたりだとか。ちょっと困ったらやり方を変えてみるという感じで、いろいろやります。
――なかでも定番的にしていることはありますか?
ヤマシタ 最近はネーム作業をiPadでやっているのですが、一度まとまったものを紙に印刷して読み返さないと描きたいことが描けているか把握できないので、そのときに赤ペンで修正を入れたりはよくしています。でも、本当にいろいろやっていますね。ネームに詰まらずすんなりできるときは、頭の中ですべてできるんですけど。
――もちろんその回用にネタ出ししたものをすべてネームにふんだんに取り入れているわけではないですよね?
ヤマシタ そうですね。今回の軸になるエピソードはこれかな、と思い浮かんだものにどんなことが絡んできたら面白いかを考えていくのですが、そこで最近この人が出てきていないから出そうとかもありますし(笑)。 そうやってちょろちょろ浮かんだものを取捨選択するためのネタ出しです。
――ネタ帳には回に関係なく、作品全体に関わることも書かれているのですか?
ヤマシタ 年間のカレンダーをプリントして貼り付けたページがあるんですが、そこに朝の学校行事だとか固定の出来事を書き込んであります。この時期こういうイベントがあるぞというメモです。
――それは把握しやすそうですね。
ヤマシタ 書いたことをつい忘れちゃうんですけどね(笑)。
トークレポートは毎週木曜日16時から全5回にて公開予定。制作の裏側をたっぷりと、次回以降もヤマシタ先生の語る「違国日記」の濃密なトークをお届けいたします!第3弾の更新は1月6日です。どうぞお楽しみに!!
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