河内遙×ジェーン・スー『リクエストをよろしく』3巻発売記念対談「わたしたちのラジオ道」PART.3
明るいマイペース男・ソータに屈折放送作家の水無月、クール系ディレクター雪室ら、クセ者ぞろいの爽快ラジオ群像劇『リクエストをよろしく』(通称『リクよろ』)。
3巻の発売を記念して、作者の河内遙さんとラジオパーソナリティのジェーン・スーさんにラジオの仕事や魅力、『リクよろ』の読みどころを語っていただきました!
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ジェーン・スー
1973年、東京生まれ。ラジオパーソナリティー、作詞家、コラムニストなど、多岐にわたり活躍。主な著書に『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)、『今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)などがある。
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PART.3(PART.2はこちら)
◆ラジオの仕事を群像劇で描きたかった
――『リクエストをよろしく』はソータの成長譚であり、バディものでもありますよね。ソータも元相方の水無月も、まだ半人前で。一度別れたコンビの二人組を描こうと思ったきっかけは、何かありましたか。
河内遙(以下、河内):最初は、スーさんみたいにラジオにすごく興味があったわけじゃない人が相性よくラジオの仕事にはまっていく話にするためには、どんな人だったらパーソナリティになれるのかなってところから考えていきました。
ジェーン・スー(以下、スー):そうだったんですね。
河内:それと、ラジオのマンガを描くにあたって、放送作家やディレクターの方々のことも群像劇として絶対に描きたかったんです。やっぱりラジオの仕事ってチームワークだなと思うので。そこから元コンビの芸人と放送作家という設定はありえるんじゃないかと思いついたんですね。結果的に出たバディ感を楽しく読んでくれた人がいるのならほっとするんですけど、最初からそれをねらっていたわけではなくて。キャラクターの過去の経歴もただのアクセサリーになっちゃいけないなっていう思いはあるんですけど、うまくいっているのかどうか。

スー:マンガを描く時って最初にこういうキャラクターにしようという設定はかなり細かく決めていらっしゃるんですか。
河内:作品にもよるんですけど、私は人には見せないキャラクターの履歴書みたいなものを作りますね。たとえばこの人は実は留学経験があってとか家族構成とか、マンガには全然出なくても自分の中にあるんです。ただ時々描いてもいないのに自分の中では「この人はこうだから」と納得しすぎちゃって、読んでくれている人に不親切になってしまう時があるから難しいんですけど。一話完結で毎回お話自体に起承転結があってオチをつけて見せていくマンガの読みやすさやおもしろさもあると思いますが、私の場合はそうじゃないんですよね。この人はどうなっていくのかなというところに重きを置いて、その現象を見ているような気持ちで描いています。特に『リクよろ』は本当にそういう描き方をしてますね。
スー:じゃあ、思いもよらない方向にソータくんが動いていくこともあるんですね。
河内:はい。私の予想を超えていっても別にいいと思ってます。それがキャラクターにとって自然なことであれば、「えいや」って描いちゃう。後々困ることもあるけど(笑)。
スー:もしかしてストーリーも最後は決めてない? 『リクよろ』のラストは月-金のレギュラー帯番組が決まって「おはようございます」ってソータが言うところで終わりかな、と勝手に思ってたんですけど。そこまでの成長物語が見たい。だって、そこから先はAMラジオの番組だから雄大なマンネリズムよ(笑)。30年とか40年とか番組が続くこともあるから。
河内:確かに(笑)。ラストはあえて決めていないところがあります。私は物語としてきちんと構築しきって、ラストまで考え抜いて、映画を撮るように描き始めるタイプじゃないんでしょうね。順序立てていくとなんだか義務っぽくなってしまう。あと、『リクよろ』は群像劇だというのも大きいです。いっぱい人が登場するストーリーの中で、作者とか主人公ひとりだけが気持ちよくなるために他のキャラクターが奉仕する感じがするのがものすごく苦手で。それぞれのキャラクターに人格があるわけだから、全然違う人たちが出会ってどう動いていくのかなと私自身見守っているような感じなんです。実は3巻の時点で当初の予定とはストーリーとか色んなことが変わってるんですよ。展開もゆっくりなんで、ついてきてくださる人がいるのかどうか本当に心配。
スー:3巻まで出るんだから大丈夫。
河内:編集さんからは「もっと展開を早くしてイケメンを出したほうがいいです」って言われてるんですけど(笑)。まろやかなご都合主義には走りたくないから、今はこのスピードが精一杯なんです。でも、ラジオのようにみなさんのそばにずっと寄り添っていける作品になったらいいなって思っています。
◆楽しいばかりの笑いがこの世にはある
――『リクよろ』でお二人が気に入っているシーンはどのあたりですか?
河内:描いてて楽しいのは、ソータがわちゃわちゃやっているシーンですね。明るいし元気だなーってうらやましくなっちゃう。
スー:ソータくんは中継があってもなくてもずっとわちゃわちゃしてますよね。そのおもしろさがAMっぽいと思いますよ。ラジオの中でも特にFMじゃなくてAMは、普段着の生活の様子を出していくことが大事なので。
河内:AMラジオの気ごころしれた雰囲気を持っている人にしたくて。いきなり子供に戻っちゃったりとか、辛いものを食べるシーンで唇が分厚くなったりとか。マンガっぽい顔はあんまり描いたことがなかったので、あのシーンは自分でも気に入ってます。ギャグが描けない自分が、ソータのうるさいリアクションの絵を描いているのは不思議な感じです。


スー: 私は石渡さんが好きなんです。番組を進めながら石渡さんが神の視座からみんなを操る感じの、魔法の粉をかけていく感じが楽しいですね。このシーンがというよりも、奥さんとソータくんの事故から仕事が始まっていって「来週もまた来てもらうコトになったから」っていう流れが読んでいて楽しい。ソータくんと石渡さんの関係性もいいですよね。

――出会いの時も、プライベートの石渡さんにはアピールせずに「仕事で成果出して名前知ってもらえるようにならなきゃ意味なくね?」というソータの一言がかっこよかったですね。

スー:そうそう。やっぱり、シンプルに自己顕示欲がない人のほうが読んでいて気持ちがいいですね。よく物語の主人公は野望に溢れていてやりたいことがはっきりしているほうがいいと定説として言われたりもするけれど、大義や恨みのような強い感情をテコに物語を動かされるとちょっと疲れちゃう。何かをやっているうちに喜びを見つけるほうが読んでるほうとしては一緒に冒険をしている気持ちになって楽しい。
河内:ありがとうございます。強い意志があったり深く悩んだりするキャラクターはマンガとしては絵になるしやっぱり読者を惹きつけるからそれがないのは怖いんですけど、このマンガについては、疲れている人でもページをめくれる作品になるといいなあって思ってるんです。そもそも疲れている人がこの本の前まで来てくれるのかというとなかなか簡単じゃないけれど……。今日スーさんが仰っていた「日常」のお話、すごくいいなって思いました。無理をしすぎないけどがんばらないわけじゃない。そういうお話になるといいな。
スー:彼自身が楽しいことを見つけていけば、見てて楽しいと思います。今後ソータと水無月はどうなっていくんですか。
河内:これまでに登場してきた人たちがどう絡んでいくかについて、こうなっていくといいなと考えていることはいくつかあるんですけど、無事にたどりつけるかどうか。ラジオを聴いていると、誰かを指さして笑うようなものとは違う、楽しいばかりの笑いもこの世にちゃんと存在するんだなと思うんです。人の個性や生き方がにじみでていて、楽しくなって思わず笑ってしまう。私がラジオを好きだなって思うのはそういうところなので、そこを描きたいです。
◆まさかのラジオネーム命名
――最後にお互いに一言ずつお願いします!
河内:今日は現場の空気を一瞬見させていただいて、すごくいいものだなあと思いました。
スー:ありがとうございます。ラジオを好きな人に見ていただけてよかったです。
河内:ラジオもですけど、スーさんの文章がとても好きなので、今後も書きつづけていただけたらうれしいです。スーさんの文章って毒もあるけど、他人を蹴落としはしない。「ちょっとどうなの」って思うことについても「私はかつてこう考えてました」って表現をされていて、笑っちゃうんですよね。あと悩んでいる時でも「お菓子を食べて寝ました」とかってまとめてらっしゃるのが、なんかもうかわいくて大好きなんです。
スー:だってどうにもならんから(笑)。
河内:他のエッセイとは一線を画した、やさしさのあるエッセイなんですよね。ぜひ書きつづけてください。……あと、実は、図々しいんですけど、ひとつお願いがあるんです。スーさん、わたしにラジオネームをつけていただけませんか? 『たまむすび』(※TBSラジオで月-金13時-15時半放送中)でリスナーさんが出演者からラジオネームをつけてもらっていたことがあって、すごくうらやましかったんです。
スー:ほう。どんなのがいいですか? おもしろいのとか、くだらないのとか。
河内:声に出して読みたくなるようなやつがいいな。
スー:読んでておもしろくなっちゃうような感じ。うーん。河内さんって小動物みたいですよね。お顔が小っちゃくて。似ている動物がいるなあとさっきから思ってたんです。なんだっけあれ、フェニックスだっけ?(検索しはじめる)
――不死鳥?
スー:違う、フェネックだ。(画像を見せながら)似てるって言われません?
河内:すごい生き物ですね。確かに、子どもの頃は耳がでかいから江川卓(※1980年代に活躍したプロ野球選手)って言われてたんですよ(笑)。
スー:耳が大きいというか顔が小さいんですよ。じゃあ「江川フェネック」ってどうでしょう。かわいい。
河内:わー、うれしい‼ ありがとうございます。
スー:ぜひ使ってください。今、テレビが出てきて50年くらいですよね。ラジオってテレビが出てきた瞬間からオールドメディアで、ずっと終わるって言われ続けているんですって。特にAMラジオは、基本的にはシニア層の人たちのための放送が役目って言われてきていて。そんな中で、河内さんがまったく違うターゲットの人たちにも届くようなAMラジオをテーマにしたマンガを描いてくださっているということ自体がこちらの業界にとっては「ありがてえ、ありがてえ」って感じなんです(笑)。「聴いてくれている人がいたんだ」という感謝しかないです。『リクエストをよろしく』、ぜひ長く続けてください!
河内:ありがとうございます。がんばれるように、がんばります(笑)。今日はまさかのラジオネームまでいただいて。スーさんのファンの皆さんには申し訳ないんですけど、こんな機会を逃したらぜったい後で後悔しないわけがないと思って。本当に貴重な時間をいただいてありがとうございました。
――お二人とも今日は本当にありがとうございました!
(インタビュー・文/横井周子)
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